めざしの風景
千葉県外房 安房天津

(05年7月27日掲載)

今年の2月の話になるが、千葉県外房地方の安房天津(あわあまつ)へ行った。「安房天津」というのは、JR外房線の駅の名前だね。町名は「天津小湊(あまつこみなと)」ということになる。

天津小湊は、こんどの「平成の大合併」でどうなったかわからないが、もともとは「天津」と「小湊」が合併してできた町名だな。天津の片方の隣駅は「安房小湊」、そしてもう片方の隣駅は「安房鴨川」だ。

というわけで、天津は、両隣の小湊と鴨川という比較的有名な観光地に挟まれて、不遇をかこっているという位置だ。なぜそのような位置になってしまったかというと、ここは外房の山と海に挟まれた細長い漁村で、小湊や鴨川のような平地がないからだと推測される。

とにかく、安房天津駅を降りると、片側は山だから、駅の出口の方向へフラフラ歩いて行くことになる。すると、ごく自然に、すぐに海へでる。そして海辺に沿って歩いていると「天津漁港」へ出る。この漁港は、これまで見た漁港のなかでは、大きい方ではないが、とてもよいかんじである。漁と漁のある暮らしを大事にしているな、というかんじがするのだ。

大きな漁港は、もう一つの都市のような構造であるが、あまり大きくない漁港だと、暮しと漁の関係が自然に寄り添った営みとして、みてとれる。この店先でめざしを干す風景などは、そういうものではないだろうか。

漁港のことは、後日掲載するとして、駅から漁港へ出るあいだに見た景色。一軒の魚屋の前で、めざしを干していた。

この場合、「めざしを干していた」というのが正しいか、「イワシを干してめざしをつくっていた」というのが正しいか、「めざしのイワシを干していた」というのが正しいか迷うところだが、そういう景色に出会って、初めてのことなので、単純によろこんだ。

しかし、こうやって写真をよく見ると、「めざし」と思っていたが、「目刺し」になっていない。細い棒は、片方のエラと口を貫いている。しかし、現地で見たときは、一夜干しのイワシにしては、小ぶりだったので、「めざし」と思いこんでしまった。「めざし」だと思って「めざし」の写真を撮ったのだ。どのみちこのように干しているのは初めて見る景色だし、めざしに見えるから「めざし」で通そうと思う。

めざしは、ガキのころからよく食べた。なにしろ生まれ育ったふるさとは、コールドチェーンが発達する前の新潟の雪深い魚沼地方のことで、魚というと干物がふつうだった。それに冬になるとストーブがあったから、めざしをあぶるには好都合だった。

そう、めざしは、「焼く」というより「あぶる」ていどで熱が通ったところを食べるのがうまい。これを湯漬けの上にのせ、かじりながら、さらさらさらと湯漬けをかっこむ。そういう成長の日々がありまして、上京すると大衆食堂のメニューに「めざし」をみつけ、たのむと小皿に3本ばかりのって出てくるというのが、わびしくもうれしい東京生活の現実だった。

ちかごろのめざしは、キチッと身がかたくしまる感じに干したものが少ない。いつもスーパーで買ってくる200円で15匹ぐらい入っためざしは、超安物だけあって、塩水漬け一夜干していどのものを冷凍し解凍したようなもので、塩がききすぎのうえに身がふにゃふにゃ。これをうまく食べるのは、とても難しい。でもビンボー性なのか、値段を見ると買ってしまう。

歯が悪いから、かたくないほうが助かると思っていたが、先日、高知の人に実家でつくる、カチンカチンのめざしをもらって食べた。これはシッカリかたく干してあって、しかしビミョーにしっとり仕上がっている。あぶってかじったら、入れ歯がはずれそうになったが、かめばかむほど味がでてうまかった。これが、酒のツマミにも、いいね。

ところで、天津では、先の魚屋の前を通って海沿いの国道に出ると、そこにも魚屋が一軒あって、やはり同じようにめざしを干していた。この国道は狭く、めざしのそばをトラックなどが走りぬけると、排気ガスが直接、干してあるイワシにかかる感じだった。それもまた、めざしのコンニチ的風景なのだな。

漁港の名前は「天津漁港」。山がなだれ込んだような地形の淵に沿って細長く展開する漁港。上の写真の奥に、まだ波止場が続き大小の漁船が係留している。

そして、この見えている手前の道を左へ曲ったところで、初めての、めずらしいものを干している景色に出会ったのだが……。



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