『庖丁文化論』

(04年5月1日blog版、9月6日転載追記、06年3月24日改訂)

江原恵著『庖丁文化論』の読み方03年1月28日版

■書評のメルマガから

本好き活字中毒者たちのメルマガ「書評のメルマガ」に、昨年8月から隔月で「食の本つまみぐい」と題し、食文化本料理本の紹介をすることになった。そして、最初に取り上げたのが、トウゼン、江原恵さんの「庖丁文化論」だった。その掲載文を、ここに転載する。字数制限が約600字とキビシイのであるが、それもまたよきかな。

書評のメルマガ03年8月13日vol.128より

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■食の本つまみぐい 遠藤哲夫
 (1)日本料理史上最大のお騒がせ本
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江原恵『庖丁文化論―日本料理の伝統と未来』講談社、1974年

 1972年、俺の築地市場出入り始まる。みな同じに見える男たち、濃い色の腰腿まわりダボダボズボンのガニ股ごつい身体、計算喧嘩はやそうな尖がった目つき野蛮が弾ける面構え、スケベそうな口元カワイイね。そんな無名の板前だった江原恵45歳、73年当時のエッソスタンダード石油広報部発行『エナジー』誌の懸賞論文募集に『庖丁文化論』で応募。審査を通り高田宏編集人の手で翌74年2月エナジー叢書に、話題騒然10月には講談社から刊行。俺は詩人長谷川龍生の紹介で江原と出会う。

 日本料理史上これほどのお騒がせ本はない。権威筋からすればタカガ庖丁一本の渡り職人が「日本料理は敗北した。正確には、日本の、料理屋料理は敗北した」と断言、「敗北を敗北と認めないやから」と内部告発さながらの過激な言動。狼狽と激怒と喝采が渦巻く。

 すでに日本料理の退潮あらわ。その原因は、非日常趣味遊芸の料理屋料理が日常実用の家庭料理を隷属させ、つまりは”料理文化”と”おかず文化”の亀裂を深めてきた日本料理の構造にあると江原は指摘。頂点に立つ四條流を解剖し懐石料理誕生の中世から遊芸化すすむ近世をたどり検証、「料理史以前」「草創期」「完成期」「変革期」を位置づけた。江原以前も日本料理史らしきはあったが食物史や風俗史としてのそれで断片的、ここに初めて荒削りながら文化史技術史として正面から取り組んだ著作が生まれた。

 江原の主張は、食事文化は家庭料理の基本に立ち返るべきというアタリマエのこと。それが騒ぎになる状況があった。75年河出書房新社『まな板文化論』生活料理学の提唱、槍玉にあげられたNHKは江原を招き、料理番組内容は手直しなど、お騒がせは続く。一方、72年『文藝春秋』10月号から丸谷才一『食通知ったかぶり』が始まっていた。で、コレが問題の次回のオタノシミ。

■庖丁文化論 もくじ

『【生活のなかの料理】学』で「食の哲学を持ちたい」「料理を知る方法が問題」と言った江原恵さんが、「生活料理」という言葉を使い出したのは、1980年ごろではないかと記憶する。少なくとも、デビュー作の『庖丁文化論』(講談社、1974年)のころは、使ってない。

いま、食や料理について語り、あるいは食べ歩き、評論し、あるいは書くひとたちが、どういう「食の哲学」を持っているか、その「料理を知る方法」はどうであるか、ってことは問題にしないにしよう。

『庖丁文化論』の目次。うーむ、ちょっと、これは論文調で見出しもカタイ。

1、『日本料理法大全』●序論
2、四条流●序論
3、庖丁式●序論
4、包焼●序論
5、観念的味覚●序論
6、鱗煮と擂鉢●草創期
7、三好亭の饗宴●草創期
8、信長と料理人坪内●草創期
9、懐石と煮端●草創期
10、『利休百会記』●草創期
11、町料理人の台頭●完成期
12、『豆腐百珍』●完成期
13、「いき」と「通」●完成期
14、シッポク料理●完成期
15、初鰹●完成期
16、『秋刀魚の歌』●変革期
17、北大路魯山人●変革期
18、『庖丁』●変革期
19、『竈の賑』と練馬とり●変革期
20、日本料理未来史●結語

1980年に、おれと江原さんは「江原生活料理研究所」を開設した。研究所の名前をどうするかというときに、江原さんは「生活料理学」を盛んに口にしていた。

そのころ、つまり1970年代のおわりごろ、江原さんは「生活料理学」を口にはしていたが、それは従来の「日本料理」ではない「日本料理の未来史」を構想したときに、そこに「生活料理」という言葉が必要になったという、おもいつきだったような感じである。

それが、『【生活のなかの料理】学』を準備し書く過程で、理論的な骨格を整えていった、と、みることができる。

「シュンがなくなったの、ニセモノばかりになったのと、後ろを向くことだけがすべてだと信じている”美味求真家”たちは、すべからく江戸時代行きのタイムマシンに乗るべきである。だが、生きている今の私自身を大切にしたい生活者としては、現代のシュンを創造する方向で、食べる技術としての料理を、生活者として現実的な角度から考え直してゆきたいと思うのである」

なかなか意気軒昂にして前向き、含蓄のある言葉だと思うが、このへんに「生活料理」の真髄があるのではないかと思う。これは、『【生活のなかの料理】学』の原稿を執筆しているか完成したかのころ、アサヒグラフに連載の『実践家庭美味学講座』(のち1983年に朝日新聞社から『実践講座 台所の美味学』として刊行)の一文だ。

しかし、ちかごろの「グルメ系世間」は、重箱のスミ的枝葉末節や後ろ向きに沈殿し、このような、おおらかな明るい前向きの姿勢が少なくなった。


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