八丈島のくさや

(05年6月19日掲載)

くさやをかじりながら清酒やら焼酎を飲む、たまりませんねえ。茶漬もいいですぜ。

ちょいと古い話。02年3月17日18日八丈島へ行った。東京都八丈町である。食べ物とは関係ない取材だったのだが、島をいろいろ案内してもらったときに、漁港やくさや工場を見学する機会に恵まれた。

漁港の様子は、すでに昨年「カツオのシュン」に掲載した。資料整理をしていたら、くさや工場の写真が出てきた。メモが見つからないのだが、当時を思い出しながら書いておこう。というわけだ。

くさや工場といっても、家内制手工業のような規模で、小学生のお子さんがいるご夫婦と、少人数の従業員でやっている。入口の4畳半ぐらいの土間で販売もしていて、近所のひとが買いに来ていた。土間からガラス戸ごしに中が見えるが、その戸をあけると、魚を洗って開く広い加工場、その右壁ぎわにそって、くさや加工の本命、なんと呼ぶか忘れたが、ようするに開いた魚をそこにつけると、あの独特の臭いと味になる「つけ汁」。そして、つけたあと干す、乾燥室が左側にあった。ご主人に話を聞いた。

ここは、島で一番新しい工場だ。工場がいくつあるか忘れたが、始めるのは簡単ではなくて、江戸期から続く「つけ汁」をわけてもらうか、廃業したひとのものを譲り受けるかしなくては始められない。こちらの場合、たまたま廃業する人がいて、それをゆずり受けることができた。それまでご主人は、島にはいたが別の仕事をしていた。八丈島で生まれ八丈島で生きていきたいと思っていたご主人にとっては、またとない幸運だったといえよう。

若い新規参入なだけに、いろいろ新しい工夫をしてきた。くさやというと新島など伊豆諸島の産品で有名だが、八丈のくさやは、どちらかというと「甘塩」味に特徴がある。見た目も、他の諸島のものにくらべ、あの独特のドドメ色が若干淡いかんじだ。その八丈の甘塩のくさやのなかでも、こちらはもっとも甘塩のくちなのだそうだ。

主たるお客が島外の都会地であり、島内消費も島外への土産贈答用が大半を占めている。積極的にその客を開拓するための工夫なのだ。都会地では、伝統的な濃い色、濃い臭い、濃い味より淡白が好まれるのは、この分野も同じらしい。そして、最近の都会地では、焼くと発する、あの異臭ともいうべき臭いが「近所迷惑」になることから、焼いたものや焼いてほぐし身にした加工品の需要がのびている。

ま、そういう話を聞いた。くさやには、青ムロアジ、小ムロアジ、トビウオが使われるが、その日は、ちょうど春トビウオの漁期だった。上の写真、左の丸い桶に丸のトビウオ、右側は洗いと開きのおわったトビウオ。

右の写真。開いた魚を「つけ汁」につけるために、ケースにならべる。むかしは、ケースに入れず、ただつけ汁に放りこむようにしてつけていたのだが、それでは魚が重なって、汁につかる面にバラツキが出すぎる。それで、このように改良された。そして、工場により、このケースと、そこに入れる魚の重ね具合がちがうらしい。たくさん重ねれば効率はよいが、品質が下がる。原料の魚にも青ムロアジの高級品もあれば普通品もあるように、加工もグレードに応じて工夫される。

下の写真。くさやは、ようするに塩辛を干したようなものである。これがなくては始まらない宝物「つけ汁」は、江戸期から捨てられることなく足されてきたものであるそうだ。いろいろな魚のだし汁を加えているようだ。そりゃもう、その色といい、臭いといい、スバラシイものですが。マスによって、イロイロな配合や塩分調製などがちがう。ここに開いた魚をドップリつけるわけだが、そのつけ汁の味加減、つけ汁につける時間などによって仕上がりがちがうのは当然だ。

つけ終わった魚は、金網の棚にならべられ、乾燥室に入れられる。天日乾燥より乾燥室のほうが、安定した良質のものができるとのことだ。ようするに、天日干は理想のようであるが、理想の陽光と湿度であることがめったにない、それにハエなど不衛生だということであるようだ。

そういうわけで、話をしながら炭火コンロで焼いていただいたくさやのうまかったこと。食べまくり。さらにドッサリ買ってきたのだけど、ほんとアッサリ味で、あっけなく食べてしまった。もちろん島焼酎をグイグイ飲みながら。でした。

酒のツマミにもよいけど、ほぐしたものをめしの上にのせ、湯か茶をかけて食べると、そのうまいこと。ああ、生唾、ごっくん。


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