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書評のメルマガ09年12月11日発行 vol.436

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(35・最終回)ごまんとある料理の本を無用にする一冊
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玉村豊男『料理の四面体』鎌倉書房、1980年

 人類の歴史のなかでも料理の歴史は最も古いほうだろう。少なくとも日本の文学の歴史と比べたら、かなり古い。そして日本の文学は、ながいあいだ料理の歴史について無関心だった。いまでも大勢は、そうである。だけど、その空白を、この一冊が埋めている。ほかの食べ物や料理の本など、まったく無価値で退屈な存在にしてしまう力がある。のみならず、言葉と論理をもって、ものごとの本質や原理に迫る愉しみを教えてくれる。

『鶏料理三百六十五日』といった本を「全部丸暗記したとしても、三百六十五種類の料理しかつくれないのである。/イッパツで料理の一般的原理を発見し、それを知ったらあとは糸を紡ぐように引けば引くだけ次から次へと料理のレパートリーが無限に出てくる……というような方法がないものだろうか」と考えた著者は、大胆不敵な試みをした。つまり、何をどう食べるかの生活の技術としての料理を、四面体におさめてみることによって、どんな素材でも、そこにあてはめると、たちまちその料理法のいくつかを思いつくという料理の構造を見つけ出した。

 著者はフランスに留学し、世界各地をほっつき歩いた。本書の話は、アルジェリアで出合った「アルジェリア式羊肉シチュー」から始まる。「世界の国々を旅行して、いろいろなものを食べてみると」まったく違った姿の料理に最初はおどろくが、そのうち「材料や調味料は異なるとはいえ、料理の方法じたいにはそう変わりないのではないか」と気づいたこと。それから、四面体にはフランス構造主義の影響、かなり直接的にレヴィ=ストロースからのヒラメキがみられる。

 とかく日本人の枝葉末節の知識を自慢しあう習慣のなかでは、フライとてんぷらとトンカツと目玉焼きとチャーハンとやきめしに共通する原理とちがいなどは見過ごされがちだ。しかし、あじの日干しもローストビーフもおなじ料理だし、刺身はサラダなのであると著者は語る。その論理と言葉のつかいかたは、料理の愉しみだけでなく文章を読み考える愉しみも広げてくれる。登場する各国の料理も、手に入る材料でつくってみたくなる。一冊で、いろいろにおいしい。

 この連載は、これが最後。連載を始めるときに、最初は江原恵さんの『庖丁文化論』で、最後は本書で締めくくろうと決めていた。日本の料理の歴史のなかで、もちろん万全ではないが、「画期的」といえるのは、この2冊だろうと思う。しかし、どちらも古本でしか手に入らない。料理は「実用」か「趣味」そして「くえればよい」「うまければよい」から成長のない文化なのかも知れない。

〈えんどう・てつお〉ありがとうございました。ひきつづき、よろしくお願い致します。Webサイト「小学館ブックピープル」で、料理研究家・瀬尾幸子さんの料理に文章をそえる「わははめし」連載中。毎月1日ごろ更新で、5回まで掲載中。来春、書籍化の予定。
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