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書評のメルマガ09年10月9日発行 vol.428

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(34)「農業ブーム」の根にあること
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別冊宝島『もっと食わせろ!』JICC出版局、1992年11月

この夏、陣内秀信さんらが企画委員の、都市研究誌『city&life』93号(季刊、第一住宅建設協会、編集協力・アルシーヴ社)の仕事をした。一年前には「美味しいまちづくり」のテーマで、岩手県一関市と青森県八戸市を訪ねた。その前は、「路地・横丁空間からの都市再生」の特集で、東京の横丁・路地の取材に関わった。今回の特集は「マチとムラの幸福のレシピ」だった。「日本で最も美しい村」連合に加盟の北海道美瑛町、山形県大蔵村、長野県大鹿村を取材した。そのあと講演で御前崎市の御前崎へ行く機会もあった。美瑛町以外は鉄路の無い交通不便の地域だ。「過疎」といわれ「高齢化率」も高い農山漁村地域。ほかにも仕事ぬきで新規就農者や生産者を訪ね、東京の横丁・路地から地方都市から農村から、「まちづくり」なんてものを考えることになったが、俺としては「食」と「農業ブーム」の動向が気になっていた。

美瑛町では5年ほど前に都会から新規就農した2人の方に会った。そのあと大鹿村へ行ったとき、何人かの通りがかかりの人と話をしたら、そのうち2人の方は、20年前に都会から移住したといった。「20年前」と聞いて、ピンとくるものがあった。20年前、1989年だ。そのころ、俺は、バブルの金を運用して一発やる話にのり、ある山村へ行って、移住を前提に農業生産法人などをつくり「農業ビジネス」に参入すべく、うごめいていた。今回の『city&life』93号には、北海道大学観光学高等研究センター教授の佐藤誠さんの談話が載っている。佐藤さんは、20年前熊本大学にいて、「グリーンストック運動」を始めた方だ。俺も、その構想の影響を受けていたし、似たようなことをやろうとしていた。いま「農業ブーム」といわれる動きの根には、20年前ぐらいから続く大きな変化があるのだ。そのころから顕著になった、日本の食と農が直面する大きな問題を、「胃袋ビジネスの裏のウラ」とセンセーショナルな書き方でチョイと分析のおかしいところもあるが、大雑把に総花的に知るには、本書は好都合だ。

本書の発行はバブル終焉の92年。80年代中ごろのバブルと共に「一億総グルメ」が始まり、こんにちまで続く「B級グルメ」騒動の一方で、農業の衰退は加速度的にすすむ。東京は「グルメ」騒動、食料生産の農村は疲弊、相反する現象。こんなことが長続きすると思っているほうがおかしい。そのころすでに、「グルメ」騒動にふりまわされずに、都市と農村のありかたを考えながら食を考える動きがあった。本書の「まえがき」に相当する「たかがメシの話から」の書き出しは、こうだ。「うまいもんが食いたい! そう思って本書を開いても、ここには「究極の味の店」の紹介もなければ、「食が危ない! もっと安全な食べ物を!」と叫ぶ声もない。この両極端ともいえる「食」への関心のはざまに、われわれの「日々の食」はあるのだ」

いまだって都会では、細分化された「専門」に特化した「グルメ談義」と「安全・安心・健康」のはざまで、「日々の食」「たかがメシの話」への関心は、きわめて低レベルといわざるをえない。人間だからなのか、日本人だからなのか、にっちもさっちもいかなくなってからでないと自ら変れない、手を打てない。「日々の食」「たかがメシ」もグルメネタになってしまうグルメ談義のほうが盛んで、反比例するように農業の衰退が続いたのち、行きづまった現実が目の前になって、農業政策の「転換」が始まった。

「小泉改革」というと郵政が注目されるが、むしろ農政だった。これがまあ切羽詰ってからだとこんな方法しかないのか、まさに丸投げ、「保護」からトツゼン「市場」へ丸投げだ。いまや右往左往の無政府状態。であるがゆえの活気もあって「農業ブーム」という傾向でもある。新農業基本法、新農地法などで、参入も離農もやりやすくなった。だけど、4割減反。水田の4割を減らすのだ。そりゃ、景観まで変るわな。稲作専門農家は給料4割カットくらったようなものだ。離農や耕作放棄が急増。が、しかし、その農政について賛否はあっても、コトここまできてしまうと妙手なんぞなさそうだ。

結論を急いで書けば、行きづまっているのは、「東京一極集中」であり、東京をモデルにした「まちづくり」であり、そのもとでの農業なのだ。東京の人びとが、「日々の食」「たかがメシの話」をどうするか、東京の「まちづくり」を自分のまちの街路の賑わいだけでなく、東京を支える農業や農村まで視野に入れられるようになったとき、つまり自分のまちから「マチ」と「ムラ」の関係を考える「まちづくり」になったとき、もしかするとよりよい変化になるかも知れない。「農業ブーム」には、その気配もわずかにある。だけど、極端な一極集中の中央集権のもと、長年のピンハネと依存に慣れきった東京が、簡単に変れるだろうか。自ら変れない東京の弱みにつけこみ、モンスターのような「胃袋ビジネス」は健在だ。20年前より、もっとすごいことになっている。

「日本社会は、どうやらまだまだ幻の"うまいもの"を、忘れものを探すように、生真面目に追い求めている」「その窮屈至極な食べ物の世界に、ジャーナリズムが大きな風穴を開けるのはいつの日のことになるのだろうか」とライターの一人、林巧さんは「現代ニッポン人の味覚の指向を決めた男たち」で書く。江原恵さんが「グルメ時代の迷信」を寄稿していたので買っておいたままだったが、いま読むと、失われた20年間にタメイキが出る。しかし一方では、 20年前ぐらいから始まった「グリーンストック運動」の新しい段階の展開、たった7町村で5年前に始まった「日本で最も美しい村」連合は30町村をこえる勢い、八戸が発祥で先日の第4回も盛況だった「B1グランプリ」など、いずれも地方から始まり地方が拠点である動きも活発だ。「東京は上で先で手本、地方は下で後で真似」とはちがう関係、目が離せない地方の動きも着実に広がっている。

〈えんどう・てつお〉Webサイト「小学館ブックピープル」で、料理研究家・瀬尾幸子さんの料理に文章をそえる「わははめし」の連載が始まっている。毎月1回更新で、3回目まで掲載中。来春、本になる予定。
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