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書評のメルマガ09年6月11日発行 vol.412

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(33)こういう仕事を大切にしたい。
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WEBサイト「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」http://www.zukan-bouz.com/

今年で、この編集体制のメルマガは終わりとのことなので、どうしても、これを紹介しておきたい。本ではなく、WEBサイトだ。

最近、DNA鑑定のやり直しで真犯人ではないことが確定的になった事件が話題になっている。話題になってから、かつての鑑定方法の欠陥というか不完全が話題になる。それまでは、まさかDNA鑑定方法に不完全があるなんて考えてみない。メディアに書かれていることを信用している。

そしてメディアでは、これだけのサンプルを調べている、これだけのことを知っているから正しいんだぞというような主張が取り上げれ繰り返され、そのもとの知識は大丈夫なのかは、問い返されることが少ない。問い返されることが少ないのは、たいがい「大学の先生」の肩書がついたひとが、メディアに登場し、たくさんの例をあげて、もっともらしい話をするからだ。そういうことで判断していると、とんだ間違いを犯しやすいということを、DNA騒動は教えてくれた。

たくさんの例、それも自分が知らない例を、たくさんあげられると、素人としては、おかしいなと思っても、なかなか問い返すことが難しい。が、サンプルの数を、いくら集めても、そのサンプルが偏っていたり、それを分析する、もとの知識が間違っていたら、分析の結果に狂いが出る。今回のDNA騒動が教えることの一つは、このことだ。

食の分野では、そんな例は枚挙のいとまもないほどある。食文化は、だいぶ以前に江原恵さんが指摘していることだけど、生産や流通から、こつこつ調べ上げ積み重ねなくては見えてこない部分がある。だけど、それは大変な労力を必要とする。飲食店を、数千件でもいいし何万件でもよいが食べ歩いたぐらいで、それを分類し、あたかも日本の食文化を把握し知りつくしたかのような話が重なってきた。そういうものを根拠に積み重ね、もうグチャグチャで、何が真実かを見極めるのも困難なほどだ。グルメが盛んなわりには、食品に関する基本知識に欠ける状況が続いているのも、そういうことが関係するだろう。

そもそも、食べ歩きという行為自体が、それぞれの趣味に偏っている。それは当然だろう。ある地域の食をみた結果ではなく、自分の趣味の結果にすぎないものでも数が集まれば、それなりの傾向が出る。それは自分の趣味の傾向をあらわしているにすぎない。だから自分の趣味の傾向の話しにしておけばよい。それはそれで楽しいものである。それを、あたかも「食文化」調査をやったかのような話にするから、おかしくなる。そういうものが、メディアで「権威的」に流布される。

ごく簡単な例をあげると、昔から東西の分類がある。箱根の関所から西と東、だの、関が原から西と東だの、そういう類のことで、物知り顔で「日本の食文化」を語る。よくある話だ。ここでは、なにが欠落しやすいかというと、植生の高さ分布だ。もっといえば、土質や気候の分布も関係する。だけど、単純な平面的な分類のなかでは、それが5地域になろうが、10地域になろうが、あらわれない。もっと細かい分類にしないと、あらわれない。そして、細かい分類にするほど、分類の意味がなくなる。

なので、食文化の把握としては、とにかく平面分布だけで終わらせることなく、たえず緯度と高度や土質や気候の特徴などを意識する。どこかへ行ったら、好きな飲食店に入るだけでなく、なるべく市場やスーパーを含めた食品店とみるといったことを重ねる。

農産物のばあいは、それだけでも、かなりちがう。「常識」のおかしいところも、比較的容易に見つかる。悩ましいのは海産物だ。魚貝類は、近海漁業の衰退があるとはいえ、名称も含め、かなり地域的なちがいがあるし、また逆に大規模化によって、主な水揚げ漁港が変り、かつてと流通の地図が塗り変っている。最近は広域地域ごとの、つまり市場間の競争も激しく、把握しにくい。実際、どのような魚貝が、どの市場にあるか。あるいは、ある地域の魚貝の生産は、どんなアンバイなのか。

そういうことを知りたいと思ったら、いまイチバン頼りになるのが、この「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」なのだ。このすごさは、「ぼうずコンニャクの食べる魚貝類だけでなく多彩な生物の図鑑です。掲載種は2000種、食用の水産生物の一般的なものは総て網羅。検索法・食べ方を詳しく解説しています」とあるように、食べ方まで、現地で調べていることだ。こんな地味な作業をコツコツ積み重ねる仕事は、ほんとに貴重だ。

ザ大衆食のサイトでもブログでも、ときどき引用させてもらっている。ぼうずコンニャクさんは、全国を飛び歩いていて、なかなか会える機会がないのだが、一度呑んだことがある。このサイトのように、ハッタリのない、誠実で、かつ呑んで楽しい人だ。

図鑑では、各魚介に「ぼうずコンニャクが勝手に決める魚貝類の物知り度」ってのがあって、「★これを知っていたら学者 ★★これを知っていたら達人 ★★★これを知っていたら通 ★★★★これは常識 ★★★★★これ知ってなきゃハジ」てなマークがついている。現状の食文化に対する、ぼうずコンニャクさんのアイロニーもこもっているようで、おもしろい。

彼の、いくつもあるブログを見てもらえばわかるが、料理に関する知識も抱負だし、実態に即した判断をしている。とにかく、こんなに労力のいる仕事を、ただで利用させてもらえる。食文化を薄っぺらな話で終わらせないためにも、こういう仕事を大切にしていきたいものだと思う。

〈えんどう・てつお〉今月25日発売予定のミーツ・リージョナル別冊大阪版『酒場本』に「エンテツのめし屋酒のススメ」ってなものを書いています。好評のスローコメディファクトリー@下北沢での泥酔論トークライブは、今月27日に5回目をやります。
「ザ大衆食」http://homepage2.nifty.com/entetsu/