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書評のメルマガ28 08年6月16日発行 vol.364 -------------------------------------------------------------------------- ■食の本つまみぐい 遠藤哲夫 (28)自由化と国際化の中で、美味しい食文化ブームの始まり 。 -------------------------------------------------------------------------- 『文藝春秋デラックス 美味探求 世界の味 日本の味』1976年2月号 出版文化史的には、1978年が「食文化流行」ということになっているようだ。この連載の1回目の江原恵『庖丁文化論』は1974年。そのころすでに食文化本ブームのきざしはあった。77年に男子厨房に入ろう会が発足した。ワザワザそういうものができたのは、まだまだ男子厨房に入るべからずの空気は強かったが、ここはひとつ男もやってみようじゃないかという気配が濃厚になってきたことがある。これという趣味もなく働くことが「生きがい」だったような男たちが、なんだか気がついたら「中流意識」で豊かな気分になって、すぐ安直に手が届く趣味といえば「食」ということだったようでもある。 ありていにいえば、それは、男性自身の自らの解放的変化というより、70年前後の「自由化」という「外圧」の波のなかで成長した食品産業や飲食産業に煽られてということだったと思う。敗戦で占領軍に「解放」「民主化」された構図と似てなくもない。そういった「事情」が、タイトルの「世界の味 日本の味」から思い出せる。国際化する日本の「世界の味」それと一対の70年から国鉄が始めたディスカバージャパン「美しい日本と私」の「日本の味」なのだ。 かくして、75年あたりを境に、髪を伸ばしてカウンターカルチャーやっていた男たちも髪を切って市場と消費の担い手になっていったように、食べ物のことなんか口にするもんじゃねえといっていた男たちもヘラヘラ安直に流行を追って食談義をやるようになった。 登場するのは、文藝春秋とツキアイの文壇系を中心に、食系の当時新進気鋭と注目されていた筑波常治、江原恵。そして、「食味評論家」なる肩書で稼ぎまくっていた、ガラクタのような知識蒐集とばらまきで困ったもんだオジサンの多田鉄之助。伝統の格調高い、平野正章さん。といった面々。 カラーグラビアを飾るは、世界各国の食卓、田沼武能。この方も稼いでいたねえ。続いて、スコッチとワインとブランデーの写真と能書き。「自由化」日本、「国際化」日本の中流男子は、これぐらい知っていなきゃあという感じだが、高級輸入酒に混じって赤玉ポートワインがあるのは愛嬌か。当時の歌舞伎町の角打ちでよく飲んだ「アリス」なんていう、すぐ頭が痛くなる合成ウイスキーはさすがに載ってない。滝田ゆうが、ホテルオークラでステーキを食べるという「マジメ訪問」が笑える。陳舜臣が「人物・日本史記 北大路魯山人」で、魯山人は「性格にカドがあるばかりか、人間性にも欠陥があったのである」とバッサリ。しかし、その後の食談義は、その魯山人の悪いところばかりを真似てきたような感じがあるな。 と書いていると長くなる。でも、これは書きたい、「アンケート特集 最後の晩餐」。北杜夫、岡本太郎、佐藤愛子、小沢昭一、長部日出夫など、おもしろーいのだが、古山高麗雄がサイコー。「てめえが死ぬと決まったら、直前に何を食いたいかという設問ですが、そういう架空話には切実になれません」と、食べ物の話はいっさいせず。 野坂昭如が「食道楽くそくらえ」、これはまあ彼らしい。ようするに「まずい」も「うまい」も、味覚の話を同席したものたちで共有したい「一種の甘えだろう」、みっともねえ。まあ、しかし、日本の男たちは、なんでも仲間意識の「甘え」のネタにするのだよ。そういうのが好きなんだなあ。ちっとも変わっていない。 筑波常治、この方、ときどき行く知人の落語会に例の緑のファッションであらわれる。まだ健在なので驚いた。勝手に殺してはいけないな。80年ごろ二度ほど、怪談とも快談ともつかぬ話をしながら飲んだことあるが、当然ながら老いた。おれも。日本料理の実態について述べたのち、「このように見てくると、日本料理だけについても、実態は通俗のイメージとずいぶんちがう。食物史の研究は未開拓であり、(略)ためにしばしばあやふやな"常識"をもとに、見当はずれな論議が展開されがちとなる」と書いている。これも30年たつのに、ちーっとも変わってねえな。 さて、それで、こういう「食文化」「食談義」ってことになると、あの瀬尾幸子さんのような、いま『おつまみ横丁』が15万部以上とか売れている「実践派」は、この当時から顔を出す幕がない。このへんに、まあ日本の男たちの、飲食店と文献知識蒐集を舞台にした、つまり日々の台所ぬきの食談義の本質というかインチキ臭さが感じられる。それも、ちーっとも変わってない。 そりゃそうと、このムックには、いくつかのレシピがあるのだが、堂々と美味しいウンチクをたれながら「化学調味料」を使用している。たいがい、そういう味覚で育ったのよ。ま、そういうこと。 〈えんどう・てつお〉呑んでいる事も多く忙しい中、でも、先月は落としてしまったし、南陀楼さんは9日の締め切りを遅れないようにというようなことをメールに書いてあったし、とにかく急いで書きました。すみません。いろいろやっていますが、興味ありましたらブログでもごらんください。来月早々、関係しているゲストハウスが旅人のためのインフォメーション・カフェを中野にオープンします。ブログで詳細は告知しますが、ご支援よろしく〜。 ザ大衆食 http://homepage2.nifty.com/entetsu/ |