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書評のメルマガ 27 08年2月18日発行 vol.348

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(27)「古き良き」道楽者の時代の最後を飾る
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添田知道編『新訂 東京の味』保育社カラーブックス、1968年

 この連載の9回と10回は文藝春秋編『東京いい店うまい店』文藝春秋だった。1967年の発行。本書は、その翌年。この二冊の厄介になった「高年者」は多いはずだ。

 「外食本」にはいくつかの系譜があると思うが、『東京いい店うまい店』と本書は、かなり傾向がちがう。『東京いい店うまい店』は、高まる中流意識を背景にした消費主義の台頭を反映している。タイトルも「いい」「うまい」を掲げ感興を煽り消費を刺激。といっても、現在のその種の食べ歩き飲み歩き本に比較したら、コケ脅かしの表現はなく穏やかなものだが。

 いっぽう、本書は、その大衆の旺盛な消費主義にのまれようとしている、いわゆる「食通」「食道楽」といった、ま、悠々と数寄を楽しむ傾向の消えゆく最後のともし火といった風情だ。

 まさに「数寄者」という言葉がピッタリな『日本春歌考』の著者、添田知道が編者。「地域差がうすれてくること、これも時の流れというのだろう。東京には全日本の味があつまるばかりか、世界の味があつまっている。江戸伝来の味も保たれはするが、それにもまして東京は地球の〈味のるつぼ〉になっている。それを一応はすなおに認識した上で、考えることである」。東京の味に東京の街、時の流れをみる。まだこの当時は、東京の味で東京の街を語ることができた。

 浅草田圃・草津亭、なべ家、おでんのお多幸本店、とんかつの双葉、どぜうの飯田屋、さくら肉の中江、ふぐの魚直、フランス料理のプルニエ、生ビールのミュンヘン居酒屋、酒場のシンスケ、酒亭のぼるが、甘酒の天野屋、桜もちの山本屋、三笠会館は「若鶏のからあげ」……消費主義と情報化の小ざかしいグルメ情報に荒される前の、落ち着きのある高級店から大衆店まで、人びとに愛され「老舗」「名店」といわれた数々。建物もそうだが、銀座歩行者天国や、浅草の変わる前のニューアサクサ周辺の通りの写真などにも、時の流れを感じる。

 本書のあと1973年に、石倉豊・桜井華子共著で『続 東京の味』が出るのだけど、そのときにはもうサブタイトルに「ヤングのムードと味覚の店」とつくほど、「若さ」「新しさ」が東京であるかのように変わっていた。添田知道が、舌打ちしながらも愛した東京の味と街は、彼が舌打ちしたほうへむかって激しく押し流されることになった。

 執筆は、添田のほかに、鮎貝久仁子、大竹新助、加藤恵、北村ただし、桜井華子、神保朋世、永井保、野一色幹夫、福永文雄、蒔田やよひ、宮尾しげを、山本竜、渡辺公平。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。
なんだか手を広げすぎて、昨年よりトシを一つとるというのに忙しくなるだけ。youtubeデビューは、3月公開予定の携帯コメディ専門サイト「マイコメ」の、告知コマーシャル映像。はて、今年は何をやるのやら、自分でもわからん。
http://jp.youtube.com/watch?v=OXuvWjTg30w