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[書評]のメルマガ 07年10月15日発行 vol.332

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(25)スピード感とリズム感のある料理
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瀬尾幸子『簡単!旨いつまみ』学習研究社、2007年

 『酒とつまみ』の「瀬尾幸子のつまみ塾」が早く本にならないか、だけどあの編集部はそれどころではなさそうと思っていたら、こんな本が出た。瀬尾さんは近頃「つまみ本」が続いているらしい。「私、つまみ研究家にされちゃいそう」と言っていた。瀬尾さんの肩書は「料理研究家」だ。「つまみ」は料理ではないのか? といえば料理だし、やはり本書は「料理論」があるひとの本になっている。むしろ高邁な本格的なこけおどしのきく料理より、それが際立つようだ。

 「アイデア自慢の速攻レシピ102品」満載。「瀬尾幸子のつまみ塾」もそうだが、瀬尾さんの料理には、独得のスピード感とリズム感がある。まさに「速攻」なる言葉がふさわしいのだけど、リズム感は料理の原則や構造から生まれるから、それがわかっていないと表現されない。アイデアとスピードだけで奇をてらったものになる。

 「酒のつまみ5か条」の中から、「ササッと作れてすぐ食べられる。これ、つまみの最低にして最大の条件」。「酒のつまみは、”おかず”ではない」「腹がさほど膨れない、チマチマとしたものがいくつかあるというのが嬉しいのだ」「ときにはチープな味もよし」。この最後があるから「素材の味を生かしたものがいい」「旬も大切にしたい」が、教条ではなく生きてくる。インスタントや既製品もドンドン使うのだけど、それでもよいところ、それではいけないころの区別がある。

 無造作のようでいて原則がある。たとえば最初の「刺身のごまじょうゆ和え二種」では、「白身には白ごま、脂ののっている青魚には黒ごまが鉄則」と。この鉄則が大事なのだが、ごまをタップリまぶした刺身、うめえんだよなあ。「魚肉ソーセージ焼いただけ」では、「魚肉ソーセージは斜めに5o幅に切る」。「酒のつまみにぴったりの甘くない卵焼き」では、みじん切りの「長ねぎがしんなりしてきたら、強火にし、卵を一気に流しいれる」。これらは、レシピの表現以前に、料理の原則や構造に対する理解があってのことだ。ま、料理研究家なら、それぐらいアタリマエなのだが、これが昔から、そうでもないのだ。

 「感涙つまみ」という囲みが4つ。中でも「ねぎ塩のつまみ」と「みそ漬け」は、原則や構造をコンパクトにまとめたものといえる。ねぎ塩やみそ床を作っておき、いろいろに利用するのだけど、このやり方を知っておくと、じつに簡単にさまざまな料理を楽しめるようになる。さらに第4章は「いつかは作ってみたかった 魚に勝負を挑む!」は、「あじをおろす!」「いかをさばく!」「干ものを作る!」「しめさばに挑戦!」。ま、楽しい料理の入門書としてもよい。

 瀬尾さんは酒好きだ、もちろん量もいける。最近は、よく一緒に飲んでいるので、チトほめすぎたかも知れないが、酒好きの料理研究家じゃなきゃできない一冊であることは確かだ。ところが、この本、奥付には瀬尾さんの写真入プロフィールがあるのに、表紙まわりには、どこにも名前が出てない。ムックにしても、タイトルに「瀬尾幸子の」とか入れようがあるだろうと思って聞いたら、ご本人もほか関係者、そんなことはスッカリ忘れていたらしい。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。
10月25日発行の「雲のうえ」5号は、北九州市の食堂特集「はたらく食堂」。38ページに27店。編集=大谷道子、アートディレクション=有山達也、絵=牧野伊三夫、写真=齋藤圭吾、文=おれという顔ぶれです。よろしく〜