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[書評]のメルマガ 07年2月13日発行 vol.299 --------------------------------------------------------------------- ■食の本つまみぐい 遠藤哲夫 (22)日本人はコクですよ --------------------------------------------------------------------- 伏木亨『コクと旨味の秘密』新潮新書、2005年 岡崎武志さんは、『サンデー毎日』9月12日号の「文庫王の一冊」で、拙著『汁かけめし快食學』を紹介評し、「ピケを張り、革命旗を掲げる」「これは「食」を通しての、著者による階級闘争なのだ」と書いた。ま、じつは、そのつもりだ。階級闘争だの革命だのとかは、あるいは近頃の「改革」もそうだが、目に見える外側の派手な言動や行動が注目されやすい。が、しかし、イチバン問題なのは、人びとの内側なのだ。 たかがカレーライスを、いつまでもインドが元祖でイギリス経由の伝来だなんていっているアタマで、政治だの経済だの文学だのを論じてみたところで、茶飲み話のようなものだ。ま、茶飲み話なら、それはそれでよいのだが、なにやら、ジャーナルだの編集だの評論だのエッセイだのと、いっちょうまえの仕事をしているツラしているから笑ってしまう。かくて、現実の腐りきった現状は何も変わらない。っつうことなんだね。自分が食べているものを正しく認識することは、自己認識と社会認識の第一歩だと思うが。ま、事大主義におかされたアタマには、そんなこといっても、わからんだろう。 『汁かけめし快食學』は2004年7月の発行、そのもとである『ぶっかけめしの悦楽』は1999年の発行、そして本書『コクと旨味の秘密』は2005年だ。 『ぶっかけめしの悦楽』は、いろいろなメディアで紹介されたが、『汁かけめし快食學』のときも同様、その評のポイントは汁かけめしにあって、カレーライスを汁かけめしの歴史に位置づけたことについては、あまり注目されてないか、ま、判断できかねている様子がアリアリだった。そんな中で、『日経ビジネス』2000年2月4日号「話題の書」は、無署名ながら、「今や国民食の代表と言われるカレーライスは、一体どこから来たのか──。インドが「本場」で、英国から伝来したというのが通説になっているが、本書の著者は室町時代の武士が始めた“汁かけ御飯"以来の、日本固有の食文化から生まれたものだという持論を展開する」「かけ御飯の進化の過程を辿り、「旨味のある汁、そこに味噌をとけば味噌汁、醤油と片栗粉をとけばあんぺい汁、カレー粉と片栗粉や小麦粉をとけばカレーである」とカレーライスの本質を説く著者。かけめしに焦点を当て、日本の食文化の特徴をとらえた会心作だ」とした。 日本人の大勢が、とりわけ「コク」と「ウマミ」を意識したのは80年代、アサヒドライの広告「コクがあるのにキレがある」あたりからだろう。それまでは、まとめて「ダシ」というかんじだった。つまり「ダシがきいている」とか「きいてない」というふうに。 まず「ウマミ」が、化学的に抽出され「具体的な物質」の味として、国際語になった。しかし、「コク」は、依然としてアイマイだった。それは、単なる感覚的な主観的な味覚なのかもしれない。2004年の『汁かけめし快食學』のころでも、学界はともかくとして、一般的に得られる知識としては、そんな状態だった。ただ「コク」という言葉は、いたるところで使われるようになっていた。 だから拙著では、汁かけめしを特徴づけるのは「コクとウマミ」である、そして、インドやイギリスのカレーと、日本で国民食といわれるほど普及したカレーライスは、おなじような名前であっても、まったく調理と味覚がちがう。それは「コクとウマミ」を得る調理があるかどうかであり、伝来といわれるものには、それがない、ちがう料理なのだ。伝来した料理を日本流に変えて普及したのではなく、「コクとウマミ」による汁かけめし料理が、伝来のカレー粉を生かしたのがカレーライスだ。と述べながらも、コクについては科学的な根拠があっての話ではないので、主観と体験にもとづくものだとした。ただ、「料理とはなにか」から始まり、論理的な根拠は、それなりにシッカリしていたのだが。ま、有名人や大学者や専門家のいうことじゃないと、なかなか信用されないものだ。 で、本書だが、その「コクの構造」を科学的に解剖している。それと、拙著で論理的につめた、コクに関する基本的なことは、ほとんど近い内容だ。カレーライスについても触れているが、おれの主張とピッタリ重なる。やはり、おれは天才なのだ。たとえば、コクは、アイマイなものだが、日本人にはナントナクわかる、それが日本人の証明であるかのように、テナことをおれは書いた。伏木さんは、コクは「日本のおいしさや満足感の中心に位置しているとさえ言えます。日本人の好みや趣味にまで深く関わっているようにも感じます」と書く。日本人のアイデンティティからコクをはずせないだろう。 ま、そういうわけで、本書は、ものを食べる日本人なら、必ず読むべきものであり、これを読んで拙著『汁かけめし快食學』を読めば、拙著は先見性や洞察力や観察力や思考力など……頭脳のよさに富んだ、ようするにコクのある本だと理解できるはずだ。 どうもちかろごは、文章の長さだの、カタカナの多さだの、表現の瑣末をあげつらねてよろこんだり溜飲さげたりしているコクのない本読みが多いようだが、やはり、人間もコクがないと薄っぺらなことばかり言うようになるから、いけないね。ひとのことはいいから、自らコクのある人間になること、それが革命や改革への道なのだ。ちょっと自慢がすぎ、本書の紹介になっていないか?ま、読めば、わかる。 〈えんどう・てつお〉フリーライター。昨年、ほったらかしにしていた次の本、新年早々に編集者から刃つきラブメールをもらった。しかし、夜中に酔って見たらしく、まったく記憶になく、そのまま一月がすぎ、またメールをもらってしまった。今年は実業のほうをやるつもりで始まっているし、どうなるのだろうか、この本。って書くと、ヤバイかな。やります、やります、必ずやります。 |