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書評のメルマガ03年10月13日発行 vol.259 -------------------------------------------------------------------- ■食の本つまみぐい 遠藤哲夫 (17)酒と食を多角的に深め楽しむ --------------------------------------------------------------------- 『談別冊 shikohin world 酒』(たばこ総合研究センター[TASC]、2006年) 新発売。この場合の「酒」は、すべてのアルコール飲料を意味する。佐藤真編集長の雑誌『談』の別冊だが、2百数十ぺージの書籍なみのボリュームと装丁だ。飲食本は、とくに1980年代からグルメブームもあって怒涛のごとく出版が続いているが、近年大きな変化を感じさせる傾向がみられる。おそらく、ここ数年のうちに、よりハッキリあらわれる流れになると思う。 それは一口で言ってしまうと、料理や飲食を本質的かつ実践的にとらえながら、その広がりと、つくり食べる主体を追及する方向だ。すでに以前紹介した『有元葉子の料理の基本』のように、まず実際に台所に立って日々の料理をする人たちから、そういう「料理研究家」が次々登場したのは当然だろう。そして、たとえば、玉村豊男さんは早くから料理エッセイを書いていたが、近年自らぶどう園農場経営やワインづくりを始めたように、つくりながら、飲食する分野について発言する人たちである。この傾向は、強まるだろう。そして、さらに、本書の登場である。 「一クセも二クセもある19人の酒飲みが現代の「酒」について語り尽くし、執筆しました」と編集部が宣伝する顔ぶれと内容は。 ■アルコオロジィ……(酩酊)の哲理。「〈インタビュー〉酒、うちなる祝祭――酩酊の現象学」山崎正和(LCA大学院大学学長、兵庫県立芸術文化センター芸術顧問、劇作家)。「〈対談〉のんべえのクオリア」鷲田清一(大阪大学副学長)×茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー)。「嗜好品としての酒――その二律背反性と「知」を育む力」高田公理(武庫川女子大学教授)。「酒をめぐる古代ギリシアの祭儀――葡萄の樹、狂気の神ディオニュソス」楠見千鶴子(作家) 。「酩酊の形而上学」内志朗(新潟大学教授)。「酩酊論」澤野雅樹(明治学院大学教授)。「祝祭都市とバッカナーレ」田之倉稔(演劇評論家)。 ■酒のフードロジー……食と風土の詩学。「〈対談〉ワインとコーヒー、風土がつくる味の世界」玉村豊男(エッセイスト、画家)×堀口俊英(〈株〉珈琲工房HORIGUCHI代表取締役)。「風土のなかのワイン――グローバル化でみえてきたワインの姿」福田育弘(早稲田大学教授)。「ワインと葡萄畑が織りなす美味しい景観――あるいは世界遺産サン・テミリオンの文化的景観とその保全的刷新について」鳥海基樹(首都大学東京大学院准教授)。「〈ルポ〉小布施の酒を世界ブランドに――セーラ・マリ・カミングスさんの酒造奮闘記」斎藤夕子(フリーライター、編集者) ■醸造のテクネ。「〈ルポ〉風土と市場そして宿命と技術――高千代酒造を訪ねて」遠藤哲夫(フリーライター、大衆食の会代表)。「〈インタビュー〉酒を楽しむ極意」小泉武夫(東京農業大学教授) ■酒のカルチュラル・スタディーズ。「未成年者の飲酒はなぜ禁止されたのか」青木隆浩(国立歴史民俗博物館研究部助手)。「酔っぱらいとマルチチュード」毛利嘉孝(東京芸術大学助教授)。「浴びるほど呑む人はどこにでもいる――酔いたい、酔うために飲む飲兵衛の存在」遠藤哲夫 ■味覚、複雑化としての酒。「〈インタビュー〉酒におけるコクとキレ」伏木亨(京都大学農学研究科教授) 。「辛口化か食生活の変化か――変わる酒と食の相性」宮地英敏(九州大学附属図書館付設記録資料館助教授)。「味覚の主体化のために……ワインのグローバル化から考える」杉村昌昭(龍谷大学教授) これまでの飲食本は、じつにテキトウな浅い知識や情報を「文学的表現」でごまかすものが少なくなかった。それは、いわば幼児期のようなもので仕方なかったであろうが、すでに「食文化ブーム」から30年がすぎれば、それなりに成長するのであり、いつまでもジャンルやテーマを変えるだけで、同じようなことをやっていては化けの皮は剥げるし恥になる。本書を読むと、これまでのテキトウさと、これからの方向性が見えてくる。 飲食の本の編集やライティングに関わる人たち必読の書といえるだろう。この編集長独特の「カタイ」タイトルが並ぶが、中身は、登場者のみなさんほろ酔い伸び伸びの語りと執筆で楽しい。ま、何より酒が楽しくなるのだが。なんといっても、飲食については十分なキャリアと深い見識と鋭くイイカゲンの感性の編集長の編集やインタビューが、飲食のイマを、じつに巧みにさまざまな角度から掘り起こしている。 最後になったが、おれは二本も書いていて、じつは、これは自己宣伝なのだ。そういえば、伏木亨さんの「〈インタビュー〉酒におけるコクとキレ」は、拙著『汁かけめし快食學』のカレーライスは日本料理汁かけめしであるという主張を、偶然にも「味覚論」から補完する格好であり、おもしろい。『汁かけめし快食學』って、深い考察と先見性に富んだスゴイ内容なんだなあ、と、自分で感心してしまった。ま、飲食というのは、奥が深いってこと。本書の最後のメッセージは「味覚の主体化」であり、それが、これからの大きな底流になるにちがいない。 〈えんどう・てつお〉フリーライター。月刊『食品商業』(商業界)1月号から連載の「食のこころ、こころの食」5月号(4月15日発売)は「階層社会と食」という感じがお題で、「格差社会」とやらと食について書いた。よろしく〜。非買品「入谷コピー文庫」に『現代日本料理「野菜炒め」考』を書いた。野菜炒め、おもしろい。 |