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[書評]のメルマガ2004年2月9日発行 vol.191

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(9)中流意識市民のためのスタンダード
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文藝春秋編『東京いい店うまい店』文藝春秋、1967年

 前回『有元葉子の料理の基本』を取り上げたら、数人の方から「意外」というメールがあった。問いただしてないが、どうやらおれのイメージではないというふうに読めた。フン、どうせおれは味噌汁ぶっかけめしで地べたを這い廻る下品な男ですよ。

 しかし、「オシャレ系」は「高級」というイメージの日本で、そして有元さんの料理は、たしかにオシャレだし、その本もオシャレなつくりであるが、それは見た目の風俗のことであり、食べる技術としての料理からすれば、有元さんの料理は、けっして高級なものではない。むしろスタンダードで、強いていうと「ニュー・スタンダード」ということだろう。

「ニュー・スタンダード」は、前回書いたような戦後の台所変化のあとで成長した。日本料理の問題は、幸いだったかもしれないが、長いあいだ「エリート・モデル」だった伝統主義日本料理が、その台所変化に対応できなかったことである。道具だてが変わった台所で人びとは、不幸だったかもしれないが、欧米とくにフランス料理の「エリート・モデル」やその安直日本版のたれながしを手本に各種「洋風」に挑む。といっても当初は、トーストとインスタントコーヒーやオムレツやレタスサラダの朝食、というていどだったが。1960年代後半、そこに「中流意識」が注入される。

 おれたちさ、もうビンボウクサイ労働者大衆じゃいけないのだよね、GNPだって大国級だし、となると食事もさ欧米の市民なみでないとね、大衆食堂で食べているだけじゃなくてさ、もうちょっとレクリエーションな気分で食べ歩きとかしなくては。など。そんな気分である。そこに、『東京いい店うまい店』が登場する。

 本書は、それまでの新聞記者などによる風俗ルポ風の飲食店紹介や、文化人や食通好事家道楽者たちが個人的な趣味や嗜好を吐露した食べ歩き本と違って、「味覚の権威19人が厳選した」、かなり「社会性」を意識したガイドだ。中流意識市民のための外食スタンダードを示した。といえるだろう。最近は2年単位で改訂されての発行。大国日本は「エリート・モデル」不在のままスタンダードを獲得し「グルメ」へ突っ走る。その内容たるや……。それをよいことに、80年代、ハッタリ横行の「食べ歩き評論」時代の幕が開くのだ。(次回へ続く)

〈えんどう・てつお〉フリーライター。『ちくま』に12月新刊の『禅寺の精進料理十二ヶ月』(藤井宗哲著、ちくま文庫)の紹介書評を書いた。7日は東京FMに電話生出演で大衆食堂について能書きをたれ、11日には神戸幻堂出版百年祭で大衆食バトル放談ショー。以外、売れないライターの年末は飲むだけ。とにかく今年もよく飲んだ。