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書評のメルマガ03年8月13日発行 vol.128

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■食の本つまみぐい 遠藤哲夫
(1)日本料理史上最大のお騒がせ本
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江原恵『庖丁文化論―日本料理の伝統と未来』講談社、1974年

 1972年、俺の築地市場出入り始まる。みな同じに見える男たち、濃い色の腰腿まわりダボダボズボンのガニ股ごつい身体、計算喧嘩はやそうな尖がった目つき野蛮が弾ける面構え、スケベそうな口元カワイイね。そんな無名の板前だった江原恵45歳、73年当時のエッソスタンダード石油広報部発行『エナジー』誌の懸賞論文募集に『庖丁文化論』で応募。審査を通り高田宏編集人の手で翌74年2月エナジー叢書に、話題騒然10月には講談社から刊行。俺は詩人長谷川龍生の紹介で江原と出会う。

 日本料理史上これほどのお騒がせ本はない。権威筋からすればタカガ庖丁一本の渡り職人が「日本料理は敗北した。正確には、日本の、料理屋料理は敗北した」と断言、「敗北を敗北と認めないやから」と内部告発さながらの過激な言動。狼狽と激怒と喝采が渦巻く。

 すでに日本料理の退潮あらわ。その原因は、非日常趣味遊芸の料理屋料理が日常実用の家庭料理を隷属させ、つまりは”料理文化”と”おかず文化”の亀裂を深めてきた日本料理の構造にあると江原は指摘。頂点に立つ四條流を解剖し懐石料理誕生の中世から遊芸化すすむ近世をたどり検証、「料理史以前」「草創期」「完成期」「変革期」を位置づけた。江原以前も日本料理史らしきはあったが食物史や風俗史としてのそれで断片的、ここに初めて荒削りながら文化史技術史として正面から取り組んだ著作が生まれた。

 江原の主張は、食事文化は家庭料理の基本に立ち返るべきというアタリマエのこと。それが騒ぎになる状況があった。75年河出書房新社『まな板文化論』生活料理学の提唱、槍玉にあげられたNHKは江原を招き、料理番組内容は手直しなど、お騒がせは続く。一方、72年『文藝春秋』10月号から丸谷才一『食通知ったかぶり』が始まっていた。で、コレが問題の次回のオタノシミ。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。泥酔終電帰宅午前一時半の日々。還暦のトシに暑さもあってキツイ。嫌いじゃないから毎日ソルマック飲んで頑張る。ケド、ついにサイトの更新が遅れ気味。