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書評のメルマガ03年12月12日発行 vol.143

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(3)反逆のノロシが、気がつきゃ先駆
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荻昌弘『男のだいどこ』文藝春秋、1972年

 荻昌弘さんは、1970年代の「食通の時代」から「グルメの時代」へ先頭切って駆ける活躍をした。彼の著作を年代を追って読むとグルメ騒動の特徴がわかる。その最初の代表作がコレだ。71年までの3年間『別冊文藝春秋』に掲載、72年単行本、76年文庫本。

 めくると、いきなり「君子厨房に入る」の見出し。オッ「食うを語るはミットモないか」だって。それが挑戦的なセリフだった時代。戦後の食通文化は、文壇文士が中心だった。実態はともかく見かけは、食べ物を文芸的に鑑賞し、衒学趣味的会話に興じる。文章は巧みでも台所のニオイも人間のニオイも街のニオイもない食通談義の活字ダンス。「食うを語る」のではなくゲイジュツ活動だった。そこに、エイッヤッと反逆のノロシ。か。

 「私など、ごく平凡な食いしんぼうにとって、”食いもののたのしみをまもる”とは……万事、拡散化、規格化されてゆく世間の味のなかから、せいぜい、商標やコマーシャルにまどわされず、かくれた本物を安くさがしだす、くらいがスタートでありゴールなので、それ以上、御大層な有名店で高い料理を食うことなどは……べつに人生の目的だとも私はかんがえない」。
 何が楽しみかといえば「”うまい料理”を食わされたあとは、何とかそれを、自宅でヒョウセツ盗用できないか、と、せまい台所で工夫をかさねることぐらいだ」

 世間は、その「本物」に渇望し始めていたし、暇と金を手にした男は台所に群がる。荻さんの反逆は流行の「体制」に、グルメの先駆。なんかオカシイと気づいたか、荻さんは76年『大人のままごと』に書く。「近頃の私は、いよいよ食通と誤解されかねないたぐいの文章を、みずからのうちに敬遠したい気持が強くなっている」。アア切ないね、「男の料理」ブーム。そして83年『歴史はグルメ』で「昨今の”男子厨房に入り”たがる世相」と皮肉をとばすにいたるが、その内容は反逆したはずの食通談義と五十歩百歩。流行を追う世間とメディアに呑みこまれたか。なんだか荻さん悲しい旗手のまま、お亡くなり。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。成り行きと興味のままのプロ意識の低いライターゆえ、ここのとこ初めてマジなライター没頭が続き、ほかを投げていたら、肉体が抵抗し発熱。精神は嘘をつくが肉体は正直だ(って誰かの言葉?)。デモ一日で直ってしまうってのがカナシイ。