札幌
ゆりや食堂




うーむ、無名文化財に指定したい



札幌市中央区南1西19の1
午後7時閉店。6時半までに入店するのがベストのようです。
(03年6月21日掲載)

やっと、恋焦がれの<ゆりや食堂>と出合ったぜ。03年6月18日、着いたのは午後5時半ごろだった。

やはり行って見なくてはわからない。ここはラーメンが話題の食堂であるらしいとの印象があった。知人から聞いたときはラーメンの話だった、そしてWEBの検索でも話題はラーメンだ。もしかすると中華洋食系の大衆食堂かとも思った。

が、しかし、行って見てわかった。ほぼ間違いなく、戦前の地方の大衆食堂の一つの流れだと思われる。つまり、このサイトでも<福住>や<揚羽屋>などでチョット触れているが、「うどんそば屋」の流れの大衆食堂だろう。そのラーメンだけが、話題になっていたのだ。

いまでも地方へ行けば「うどんそば屋」が「ナントカ食堂」と名のっているのはめずらしくない。古い「ナントカ食堂」の看板を残したまま「ナントカ庵」などと、うどんそば屋風を名のっているところもある。

それにしても実にシンプルなメニューだね。これは店の人から話を聞いてないから推測になるが、もしこのメニューが戦後ほとんど変わってないのなら、戦前の「うどんそば屋」の流れの大衆食堂のメニューは、このようなものだったと判断できる貴重なものだ。多くは時代の流れの中で、定食などのメニューを増やしているが、じつに簡素。

通常お店のお得意やオススメが右から順にならぶメニューは、力うどん・そば600円で始まり、なべ焼そば600円、なべ焼うどん550円、カレーそば500円、親子そば500円、他人そば・うどん500円、大ざるそば550円、ざるそば450円、おろしそば450円、などと続き最後のライスを含め28品目中のケツから10番目のたぬきそばでうどんそばが終ったあと、ケツから9番目にラーメン400円、カツ丼500円というぐあいに丼ものとオムライスやチャーハン、最後のライスの前がカレーライス350円になっている。

であるが、ワレワレ地元民2名を含む一行4人は、ああ無情にも、うどんそばをパスし、ケツから9番目のラーメン3人前とケツから2番目のカレーライス1人前を注文したのでした。

が、しかし、そのラーメンの麺と汁から、ここのうどんそばのうまさはしのばれた。

話題のラーメン。
札幌というと味噌ラーメンで有名だが、ここは醤油の一品のみ。











とにかく、このイカガワシ度3のたたずまいも素晴らしいねえ。奥に見える白い建物に、そのうしろのビル、それに手前のジャンクな一角、みんなふっついたひとかたまりだ。<ゆりや食堂>と背中あわせ隣り合わせに壁一枚へだて飲み屋がある。数軒がみんなふっついているのだ。ま、つまりは東京なら、ここは戦後闇市の名残りの棟割長屋ですわ、という感じなのであって、<ゆりや食堂>は部分改装を加えていても、これはいつの建物なのだろうかと思う。

札幌の中心部あるいは大部分は、「東京化」が激しい。「都市化イコール東京化」という構図は、あいかわらずだが、大通り公園あたりから電車で十分ぐらいのところに、この場末のような一角が息づいている。そして東京でも、オシャレな空間が日常化するにつれ、昔ながらの大衆食堂や大衆酒場が非日常的な空間として注目されるように、ここは特異なアヤシイ存在になりつつあるようだ。

<ゆりや食堂>を出てから、背中合わせの位置にふっついている焼鳥屋に入った。<ゆりや食堂>よりアヤシイ入り口だ、まあジャンクということだ。オバチャン1人でやっている店の中には、どこの町にでもある、だがその町その場所にしかない人間の交流があった。ワレワレ同様はじめて入った1人の中年すぎのオバサンは、ワレワレが帰るころには、もうすっかり他の客となじみ常連風になっていた。カウンター10人ぐらいに6人ぐらいの小上がり。焼鳥もツマミも、なかなかうまい。

こういうアヤシイ地帯には、味わい深い濃い日常がある。ときとしてシガラミというものであるが、血の通った文化というものだろうと思う。

いまや華やかなオシャレな空間は、人とひとのあいだに介在し、人とひとのあいだにあるシガラミや歴史をサワヤカに消し去り、金銭的な一過的な疎な人間関係をもたらすものでしかないようだ。それを「都会的」という人たちがいるが、都会は必ずしもそういうものではなかった。

流行の「イタリア料理」だって、貧乏クサイ食堂や喫茶店のナポリタンやミートソースを抜きには語れないはずなのだし、インド風のカレーの流行も、もとはといえばこのような食堂のうどん粉だらけのカレーライスから始まっているのだ。

テナことを、しみじみ思うのだった。

デワ、ついでに、おれの好きな岩見沢も、ごらんくださいのクリック地獄

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