混迷を深めるカレーライス史

(2002年5月11日記)

本でもインターネットでも、カレーライスの歴史を語っている人は少なくない。これが、どうしても「伝来」であるという先入観がつきまとっているものだから、つじつまあわせかどうか、コロコロ言うことが変わるし、違うことを言っても平気である。これは、いくらなんでもヒドイ。

「伝来説」同士でのくいちがいの例は、イギリスのカレーライスとやらが、すでに小麦粉が入っていたとするのと、小麦粉は日本独自のものであるとするのと大きく分かれる。

最近にぎやかなのが、「横須賀海軍」から広がったというものである。これは比較的近年の説なのだが、この説は、それまでにあった西洋料理を紹介したという本や、西洋料理店の歴史やなどは、とつぜん無視されるのである。

しかも、イギリスにおいてはカレーライスは宮中でくわれていたとか、海軍でくわれていたとか、どういう範囲でくわれていたのかも明確でない。

これらあらゆるオシャベリに根拠や事例がないに等しく、もうめちゃくちゃのご都合主義の歴史になっている。論理的でない例はザラで、そのあいまいさ自体が、カレーライス伝来説の根拠のなさを浮き彫りにしている。

料理本や軍隊から料理が広がったなんていう見方は、生活の技術としての料理の本質をまったく理解していない。料理本以前、軍隊以前から、料理は技術として存在しているのであり、新しい料理が生まれたり衰退したりする構造や流れは、それを検討することをしないと謎はとけない。

そろそろカレーライスの季節で、またぞろカレーライスの歴史をしたり顔でオシャベリする連中が出てくるだろうが、少なくとも、これまで明らかになっている問題点は、きちんと検討してからにしてほしい。

料理史と風俗史の混同、出版文化と料理文化の混同、こういうものも含めて検討して整理してほしい。そもそも、なにが問題なのか自覚しているのだろうか。

ま、とにかく、カレーライスの歴史を語るなら、おれの『ぶっかけめしの悦楽』を読んでからにしてほしいね。

こちら、「断固カレーライス史考」


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