東中野食堂


読者からの連絡によりますと、昨年2006年末で閉店したそうです。お世話になりました。(07年3月28日記


東京都中野区東中野4-1-8
営業時間
午前11:00〜午後2:30 午後5:00〜午後8:30
休み 土曜日



(2001年5月撮影、2001年7月某日記)

シッカリめしを喰う伝統が息づくところ


1950年開業。東中野駅そば戦後の闇市バラックから始った横丁の一角にある。料金先払いのカウンターがあり、昔のままでやっています、というかんじ。東京都指定食堂協同組合加盟店。


ここは『週刊朝日』の「うまいもの好きが選んだ21世紀に残したいB級グルメ カレー編」に載った。おれが推薦しただけなんだけどね。おれとしては、大衆食堂の黄色いカレーライスの「伝説」を残しておきたかったのさ。(注=その後、このカレーライスは、ちょいと変わってしまった)

そのときのおれのコメントはこうだ。「大衆食堂のカレーライスは心温まるおふくろの味。ここは安いうまいの看板どおりの、粒よりの定食メニューをそろえている」。おれがテキトウに書いたアンケートを、編集部が簡単にまとめてくれたものだが、ま、そういうこと。

ま、おれは「おふくろの味」などないと思っているが、現実には「料理職人」が商売用につくったのではない料理があるわけで、黄色いカレーライスは、まさしくそういうものなのだ。そして、この黄色いカレーライスが「国民食」などともてはやされるようになってから、その元祖はおれだなどというデタラメがのさばりだした。

最近また大衆食堂を取材して書く機会があったので、いろいろ迷ったあげく、ここを選んだ。ついでに黄色いカレーライスについて確認しておきたいことがあったからだ。その結果は、おもった通りの回答が得られたのだが、そのことは、このサイトの別のところで紹介するとしよう。カレーライスが伝来かどうか、日本食かどうかにかかわる、重要なポイントなのだ。

とにかく、ここの定食メニューはよくできている。600円台で十分満足がいく、毎日通っても変化を選べる。そのことで、おれはとつぜん大発見した気分なのだが、戦後の「外食券食堂」「民生食堂」だった食堂が共通してもっている、文化であるようにおもう。

根津の<かめや>、北品川の<北一食堂>、押上の<押上食堂>など、まだこのサイトで紹介してないところもあるが、印象に残る定食を食べさせる食堂は、かつてはもちろんいまでも、世間ではあまり知られていない「外食券食堂」「民生食堂」の歴史を継ぐ東京都指定食堂協同組合の加盟店なのである。ついでにいえば、笹塚の常盤食堂も、むかしは加盟店だった。

めしをシッカリ食べて生きる生活の伝統が、ここに息づいているように思われるし、そもそもこの食堂を教えてくれた東中野のS女は、「シッカリめしを食べようと思ったら、やっぱりここね」といったのだった。

その取材は、食のプロたちのあいだで評価の高い『SNOW』という月刊誌で、2か月続けて「大衆食堂の真相」を書くためだった。

6月号は、「大衆食堂の真相(1)──近代日本食のスタンダード」というタイトル。「1970年代ぐらいまでは、現在のコンビニのように、どこにでもあった大衆食堂は、ときたま感傷的な昭和30年代古物ショーのネタになる以外、『貧乏種』『絶滅種』、ことによると『愚民種』とみなされ、あまりかえりみられることがない。だが、ここには近代の食環境の激変を何回もくぐりぬけた食事と料理の蓄積、日本食や日本料理のスタンダードがある」と、東京・笹塚の常盤食堂を取材した。

そして7月号は、「大衆食堂の真相(2)──ここに食事と料理の同時代史がある」というタイトル。「たとえば、なぜ『いただきます』が必要なのか、カレーライスという料理は何をどう料理したものなのか、理論と論理で説明つかなくては、日本の食事と料理について解明できない。と、思うのである。/『食文化ブーム』というのがあって、一時は『食事学』や『料理学』という言葉もささやかれたが、このような議論が深まったのか、どんな蓄積があるのか、振り返ってみると心もとない。気楽なオシャベリのうちに、自分が生きている時代のことも忘れられていく」と、ここ東中野食堂を取材した。

ま、おれは、単なる大衆食堂愛好家、詠嘆懐古趣味家じゃないぞ、ましてや論理的思考や知性と品性の欠如したB級グルメじゃないぞ、つねに「近代日本食」をテーマに激しく頭脳をつかっているのだぞ、ということを、この際強調しておこうと愚劣な根性を発揮したのである。

東中野食堂も、この一角も全体、終戦直後のバラックからはじまった。いま70歳の二代目女主人が嫁いできたころは、ベニヤ張りの建物だった。三代目ご夫婦が継いで頑張っているが、シッカリめしを喰う伝統は、誰がひきつぐのだろうか。気どった華やかなビジネスなオシャベリのうちに、この簡素な空間で行われてきた、カンジンなことが忘れられようとしている。


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