南陀楼綾繁さんが『彷書月刊』に「ぼくの書サイ徘徊録」という連載をしている。南陀楼綾繁さんがキョーミのままに、サイトを紹介するのだ。その最新5月号に「ザ大衆食」が登場した。

こう書いても、南陀楼綾繁さんも『彷書月刊』も知らないひとが多いかもね。そして、なんじゃ、このアヤシゲな名前。あるいは『季刊 本とコンピュータ』の編集長の河上進さんといえば、ま、それでも、本に興味がないとご存知ないかな。それじゃ、エーイどうじゃ、このアヤシゲな名前で天下の朝日新聞の土曜日に書評を書いている。とかいえば、少しアンシンするひとがいるだろうか。

『彷書月刊』も、一般には知られてないだろう。じつはおれも、この本の名前は知っていたし、発行人にして編集長の田村治芳さんの名前も、晶文社から『彷書月刊編集長』を刊行されて話題になったので記憶にあったが、実際に雑誌を見たのは、南陀楼綾繁さんに取材されることが決まってからなのだ。

ようするに、そのように、どちらも世俗的権威とは無縁の存在だけど、どちらも本と古本に夢中のひとのあいだでは十分知られた存在なのだね。で、ま、おれとしては、こういう夢中なひとによって、こういう夢中なひとたちが読む雑誌に紹介されたというのが、スッゴクうれしいね。

南陀楼綾繁さんは、とにかくシゴトもそうだけど本と古本に夢中なひとである。本に淫している。それは知っていたが、このあいだ、その夢中の度合が半端じゃないのを、思い知った。というのも、おれが、早稲田の古本屋「古書現世」から送られてきた古書カタログを見て『子供たちの大正時代』という本を注文した、と、ほんの気軽に何気なくいったら、とつじょ、アヤシゲさんの目つきが変わったのである。

仏様のような柔和な表情はスッと消え、目はランランと輝き、「エッ、そ、それっ、どんな本ですか、ソレッ、もしかして○○さんが書いた本じゃないですかっ」と口調も、とつぜん突っ込み激しく、そしていかにも悔しそうにもだえ、ひとが買う古本はゼンブ自分も欲しいのだというかんじの勢い。まさにスキモノであるとシミジミ実感した。南陀楼綾繁さんは、「世界で唯一の古書目録愛好フリーペーパー」なる「モクローくん通信」という傑作ミニコミ誌まで発行している、これが古本に関係なく奇人偏人をみるように面白い、とにかく、そんなアンバイなのであるのよ。

で、おれは思う、南陀楼綾繁さんは、自宅を「物数奇工房」と妙名したように、「モノズキ名手」なんだな。自分の興味が仕事になり、仕事で自分の興味に熱中するという、ご本人も以前に書いているが「仕事」は「私事」であり「私事」が「仕事」であるという関係をつくりながらすごす名手なのだね。「仕事」と「私事」がごちゃごちゃとラーメン構造のように成り立っているのだ。文章もそうだが、けっしてガツガツしてない、ただ「スキ!」なだけなのである。こういうひとがいると、60歳にもなって年甲斐もないことばかりしてと陰口をたたかれることが多いおれとしては、ヒジョーにアンシンだね。って、30歳半のひとを持ち出してアンシンしちゃいけないか。でも、こういう人生は、オモシロイからやめられないよ。

ところで、この見出しが、「この人を見よ! 大衆食堂の詩人・遠藤哲夫」なのだ。なら、南陀楼綾繁さん、あんたは「古本海の詩人」でしょう。いや、ま、好きなことに夢中に生きれば、ひとはみな詩人ということでしょうか。

取材は、例によって仕事を私事にし私事を仕事にする方式で、赤羽の古い安い旨いで人気の大衆酒場<まるやす家>と<まるよし>をハシゴして行われた。南陀楼綾繁さん、また大衆食堂や大衆酒場で飲みましょう。

『彷書月刊』については、「ご一緒に本の海を、本の森を、彷(さまよ)ってみませんか」とユーワクするサイトをご覧ください。この5月号の特集は、「まんぷくノート」ですよ。南陀楼綾繁さんがおれを書く、これは将来かならず高値の古本になる組み合わせでしょうから買っておきませう。




最後に。
写真の背景は畳なのだが、上の方を注視してほしい。
畳表が擦り切れて困っているのである。
おれは四畳半の畳の上で座ってパソコンに向かっている。
で、この部屋は西向きのうえにビンボーであるがゆえに冷房がない。
夏には、パンツ一丁で座っていると、汗がジトジト流れ出し、
東陽片岡さんのマンガみたいに、畳に滲みこみ畳はぶよぶよになり変色する。
そういうコトの結果、このように畳表ははげ擦り切れ穴があいた。
おれの汗と屁のニオイが滲みこんだ畳です。

おわり。

(2003年4月26日記)


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