『現代用語の基礎知識2007』
綴込み付録「生活スタイル事典」に掲載


「さまざまな食育」




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◆感謝の念
食育基本法(基本法)の特徴的なキーワード。第三条「食育の推進に当たっては、国民の食生活が、自然の恩恵の上に成り立っており、また、食に関わる人々の様々な活動に支えられていることについて、感謝の念や理解が深まるよう配慮されなければならない」。人々の心の問題にふみこんでいること、生産者本位・保護に「配慮」が傾きかねないなど、消費者の反発や危惧もある。感謝を説くのではなく、お互い感謝されるよう努めましょう。

◆食育推進会議
内閣府におかれたが食育推進基本計画(基本計画)を作成し実施を推進する。会議の長は総理であり委員25人以内。2006(平成18)年3月に基本計画を決めた顔ぶれは、小泉純一郎総理、安倍晋三官房長官、以下特命を含め大臣12名、民間からは、その職責を見ると (社)全国学校栄養士協議会副会長、長崎市長、JA全国女性組織協議会会長、全国消費者団体連絡会事務局長、日本チェーンストア協会会長、群馬大学教育学部教授、(社)日本栄養士会会長、服部栄養専門学校校長、全国食生活改善推進員団体連絡協議会理事、読売新聞東京本社生活情報部次長、(社)日本PTA全国協議会副会長、(独)国立健康・栄養研究所理事長。「お上」と産業と栄養と教育の関係者の色濃く、消費者は影が薄い。従来の「官製運動」を脱皮できるか。

◆食育推進基本計画
2006(平成18)年度から2010(平成22)年度までの5年間を対象に、食育を国民運動として強力に推進するための計画。国民運動は、一歩まちがうと箸の上げ下げから食品の選択まで国民相互干渉運動になりかねない。法律を盾に一方的な価値観や世界観の押し付けにならないよう、お互い気をつけたい。

◆食育月間/食育の日
毎年6月は「食育月間」、毎月19日は「食育の日」。

◆食育推進担当ホームページ
事務局役は「内閣府共生社会政策統括官」。意見や要望を、http://www8.cao.go.jp/syokuiku/

◆栄養教諭
学校教育法等の一部が改正され、食に関する指導(学校における食育)の推進に中核的な役割を担う栄養教諭制度が創設された。「食育教諭」とは言わない。「栄養教諭には、栄養に関する専門性と教育に関する資質を併せ有する」と指導している大学もある。食は、本来「美味学」なども含む多様な生活文化のはずだが、「栄養」への偏向を強めているようだ。

◆食事バランスガイド
厚生労働省は「望ましい食生活についてのメッセージを示した「食生活指針」を具体的な行動に結びつけるものとして、1日に「何を」「どれだけ」食べたらよいかの目安を分かりやすくイラストで示したものです。厚生労働省と農林水産省の共同により2005(平成17)年6月に策定されました」と説明している。基本計画では、2010年度までに食事バランスガイド等を参考に食生活を送っている国民の割合を60%にするのが目標。

◆内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)
かつての肥満は生活習慣病として「病」に解釈され、基本計画では、これがにわかに脚光を浴びた。「生活習慣病の有病者やその予備軍とされる人々は、内臓脂肪型肥満やこれに伴う高血糖、高血圧又は高脂血を重複的に発症させている傾向がみられる」このような状態が「内臓脂肪症候群」とされる。食の乱れや運動不足が原因といわれるこれを「認知している国民の割合を2010(平成22)年度までに80%以上とすることを目指す」。「肥満差別」や「なんでもメタボリックシンドローム症候群」が流行しそうだ。

◆食育推進の目標
基本計画が定めた2010(平成22)年度までの主な達成目標は、上記のほかに、食育に関心を持っている国民の割合(70%→90%)、朝食を欠食する国民の割合(子ども4%→0%、20代男性30%→15%、その他)、学校給食に地場産物を使用する割合(21%→30%)、食品の安全性に関する基礎的な知識を持っている国民の割合(60%)、推進計画を作成・実施している自治体の割合(都道府県100%、市町村50%)など。

◆食育推進の主体
基本計画では、「教育関係者、農林漁業者、食品関連事業者等多様な主体」としている。推進会議のメンバーはこれらの代表者とみられる。

◆食育マーケティング
食育推進の主体者には、基本法以前から食育をマーケティングのテーマにしていたところも少なくない。そもそもマーケティングにおいては消費者教育は重要なテーマであり、基本法の制定はチャンスである。偽装表示や異物混入など「不祥事」が続発イメージの悪化が懸念される食品関連事業者、自給率の低下、農薬過剰やBSEなど難問を抱えた農業者など、消費者の高まる意識や不信不安の対策として食育は絶好だ。栄養教育関係者にとってはビジネスチャンス。食育で町おこしと「食育文化都市」も生まれている。それぞれの立場によって、食育の解釈も方法もちがう。呉越同舟、同床異夢、玉石混交といったところか。「食育」を見抜く運動が必要になりそうだ。

◆モスの食育プログラム
モスバーガーのスタッフが学校を訪問し講義をしたり、ハンバーガーの製造体験をしながら行なう食育。マクドナルドはサイトに「食育の時間」を開設。ほか基本法制定後は多くの食品関連事業者が、「食育」を冠にしたイベントやフェアなどを展開している。

◆食育学会
「食育」を冠にした団体が生まれたり生まれようとしている。「食育学会設立準備会」なるものもできている模様。健全な食生活のためには健全な団体を。また詐欺や詐欺的行為にあわないようご注意ください。

◆食の乱れ
食育の必要性や意義が説かれるとき多く使われる用語。直接的には、脂質の過剰摂取や野菜摂取の不足の傾向、朝食欠食や孤食(一人で食べること)や個食(家族が各々異なった料理を食べること)の増加など、栄養の偏りや食習慣の乱れをさす場合が多い。それを社会経済構造の変化の流れの中で、どうとらえるかで問題意識や食育推進の実際が異なるようだ。近代を否定する復古主義の主張もあれば、より個人の自立を促す主張もある。基本計画では、環境や構造の変化があるにせよ、「国民の食に対する意識、食への感謝の念や理解等が薄れ、このままでは健全な食生活の実現は困難ともいえる状態にまで至っている」と。悪いのは国民だ!だから教育が必要なのだ。大量の残飯が出るようなまずい給食、多量の農薬を使う効率優先の農政と農業、儲け主義の商売などが、感謝の念の中で免罪されないよう気をつけたい。

◆「子供がキレるのは食生活が原因」
食の乱れで最も強調されるのが子供たちで、学校の教育現場では朝食抜きの児童が増え深刻な問題になっているようだ。子どもがキレやすく暴力的になるのは、食生活の乱れが原因とする説もあるが因果関係ははっきりしない。本格的な調査は始まったばかりだ。家庭を犠牲にする企業経営の是正、親の労働時間の短縮が先決という教育関係者もいる。

◆食糧自給率
さらなる自給率の低下を招きかねない自由貿易協定の推進で見通しは不透明、ワラをもつかむ思いで基本法に期待する農業関係者は少なくない。基本法前文には食育の推進は「食糧自給率の向上に寄与することが期待されている」とあるが基本計画に具体的な目標はない。期待だけを集め、自由貿易協定は粛々とすすむ。「アメリカ牛ノー」とは言えない。

◆日本型食生活
よく使われてきた用語で、基本計画にも「米を中心とした多様な副食からなる「日本型食生活」等健全で豊かな食生活」という具合に登場する。「何を」「どれだけ」食べるかは、個人の選択に任せられるべきだが、食料政策は政府の責任でもある。従来、厚生労働省と農林水産省は(その前身も含め)、前者の栄養優先策と後者の米作農家保護の立場の政策は矛盾することが多く、論争もあり(コメを食べるとバカになる、パン食や畜産推進の是非、伝統的食生活とは、など)一部の者たちの主導権争いや利権争いも垣間見られたし、それが食の混乱の一因だったともいえる。その妥協の産物的玉虫色勝手な解釈可能用語だ。

◆フライパン運動
戦後「1日1回フライパン運動」が広がった。「「もっと油脂を摂ろう」という考えから始まったものです」と、その先頭に立っていた近藤とし子は述べる。栄養をバランスよく摂る「三色運動」もやった。2005(平成17)年5月には「食育とは、このように昔の日本では当たり前であったことであり、私たちもその大切さを長く訴えてきたつもりです。ですから今になって急に食育が話題となり、国が基本法を制定しようという動きになっていることには疑問を感じずにいられません」とも発言している。これは民間の例だが「食育」と呼ばれなかった食育は無数にあった。

◆食に関する指導
基本法制定以前に文部科学省系で使用されていた用語。ほかに基本法以前の主な食育関係用語としては、学校教育関係者や給食栄養士系の場合は「食教育」、農業系では農業体験学習運動を含む「食農教育」、厚生労働省系では「食生活改善普及運動」が古く、一日に30品目食べろという「健康づくりのための食生活指針」があったり、子供の健全育成で「食べる力」などがあった。基本法や基本計画はこれらの寄せ集め細工のようにみえる。

◆村井弦斎「食道楽」
この中で「食育」という言葉が使われていて、よく権威主義的に引用されるが、もとはといえば石塚左玄が「食養養生法」(1898(明治31)年)で述べている言葉で、近代栄養学とは異なる東洋の養生思想によるもの。基本法の栄養思想とは必ずしも合致しない。

◆食育の背景と経緯―「食育基本法案」に関連して
『調査と情報』第457号(国立国会図書館、2004(平成16)年10月)に掲載された当時の農林水産省農林環境課森田倫子の論文。「「食育」という言葉」から始まり、食育の背景と経緯、法案に対する賛否両論の反響などを幅広く網羅した優れた貴重な内容。「1990年代から現在までの「食育」の主眼は、食について子ども自身を教育することである。この「食育」は、健康・食生活ジャーナリストの砂田登志子氏が、海外の食に関する教育事情を紹介する際に訳語として採用したのが発端とされ、概念的には明治期の「食育」を踏襲したものではない」という記述もある。

◆砂田登志子
「食育は個食をみじめな欠陥食と否定的に考えず、ひとりの食卓でも自分で丁寧にできるようにする運動」と主張、食育の啓発に貢献。

◆江原恵
『家庭料理をおいしくしたい』(草思社、1988年)で、「学校給食は「栄養配合飼料」」「栄養士制度が広めた「栄養食餌学」」と栄養学を厳しく批判、「食べることは、たんに栄養学だけの問題ではない」「子供たちがなぜまともな食事をしないか、あるいはできないのか、その理由を探り出すことが先であろう。そして大人には大人の偏食に理由があるはずだ」と主張した。いまでも重い内容だ。