もっともっと「力強くめしをくえ」について


「力強くめしをくえ」に関する対話

(02年1月10日記)

女はきいた……「力強くめしをくえ」とは、どういうことなのでございましょうか。

男はいった……ま、ガツンとめしをくえということなんだけど、人間であることを過大にも過小にも考えずに生きる生き方でもあるんだね。わかるかな、きみの気どったあたまじゃわからんかな。「気どり」は人間であることを過大に考える結果でもあるのだね。これは料理を趣味的芸術的に飾りたてることにもあらわれる。姦しいグルメたちの料理や酒に関する、過剰な装飾語の羅列をみればわかるだろう。

女はきいた……では過小に考えるとどうなるのでございましょうか。

男はいった……そりゃきみ、女がそんなこといっていいのか、ボンクラ。めしの仕度や便所の掃除は女がするものという考えこそ、人間であることを過小に考えた結果ではないか。つまり料理を大便や小便のように生理現象をかたづける「実用」としかみなさなくなる。こんにちの「健康志向」なども、その一種だね。

女はきいた……では過大でも過小でもないことが「力強くめしをくえ」ということなのでございましょうか。

男はいった……ま、そういうことね。料理は生活であり、生活だから、生命のように大切にし生きることを楽しむように楽しめばよいのだ。わかったか!わかったら、その「ございましょうか」ってのをなんとかしろ、過剰じゃ。


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