カウボーイめし物語


おれと同じ1943年生まれの一人の日本人男が、30数年前にアメリカへ渡り、永住権を得て現役カウボーイで暮らしを立ている。名前は、ケン・イトオさん。最初は『ぶっかけめしの悦楽』を読んで手紙をくれた。

彼の手紙は、とても楽しく面白いので、これから「カウボーイめし物語」として、ここに掲載することになった。どうかみなさん、おれと一緒にお楽しみください。

ガツンな男のガツンなめしと笑いと涙?の物語。ほんの一部をのぞいて、なるべく原文のまま掲載します。


(2002年5月13日記)


手紙4 ロディオ転戦の巻

(2003年7月25日付、8月8日掲載)

久しぶりにケンさんの手紙を掲載する。といっても、この間音沙汰ナシだったわけじゃない。一年前の落馬骨折の手紙のあと、たしか9月だったと思うが、ケンさんは仕事で日本に来て、東京の滞在先のホテルで会ったりもした。そのときは、まだ骨折が完治してなくて、片方の肩が下がり、握手にも力が入らないアンバイだった。ケンさんは熱心に、どこのメーカーの電気釜がイチバンうまくめしが炊けるか調べていた。うまいめしに対する執着は、想像以上だった。帰国後しばらくしてから、よい電気釜がみつかったと手紙があった。

あれからアメリカは戦争をし、戦争になったときも手紙をもらっているが、ま、とにかく、元気になって、ロディオ転戦を送っているらしい。ケンさんのロディオの写真を頼んでおいたら送ってきたから、手紙と共に掲載しよう。

ロディオ
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遠藤さん いかがですか。
ぼくは毎週、同封の写真の様にロディオで転戦しています。今のところ、勝ったり負けたりで稼ぎはプラス、マイナス、ゼロで全く生活費は稼いでません。多くの選手が借金が増えるのよりはましですが。…稼ぎが悪い時は、どう生活していくかというと、会社の運営と同じで、どこかで切りつめていかないとやってけません。自分の生活は自分をリストラして利益を出す訳にもいきませんから、生活費を出すには、食生活を安くするより他ありません。そこで、また、ゴハンとみそしるの生活パターンになって、寿司屋なんかにはもう何ヶ月も行ってません。

それで、みそしるをめしにかけては食べるのですが、これにもあきてきて、最近は逆にスプーンでめしをすくって、みそしるにつける、つけめしというのを食べてます。これは中華用スプーンでやります。色々金のかかるものを食べるわけにもいかず、といって、栄養が失調するといけないので、ムギめし、玄米めしと白米を混ぜて食べて栄養のバランスをとってます。

インスタントラーメンはあまり続けると体に悪いと云われて、たまにしか、食べなくなりました。それでも、あれは便利だしともかく安い。タダみたいに安いのが魅力です。

というとぼくは超貧乏暮らしみたいですが、実は一週間に一度は、肉を食い放題してるのです。冬に撃ち殺した鹿の肉を冷凍にしてありますから、これはもうタダの肉です(一銭もかからないとゆう意味)。鹿の肉はアブラが少なく、コレステロールもたまらないのです。それプラス、肉を食う時は南米産の赤ワイン(南米産は一番安いのです。1ビン5〜6ドル)を飲みます。その他、タマゴ酢というか酢タマゴというのか、わかりませんが、それを作っては飲んでいるせいか元気が出ます。これは、おすすめです。我々の様に高齢者にはイイみたいです。

遠藤さんの様に食の専門家は日頃どういうモノを食べてるのですか。かなり、こったモノを食べてることと想像してますが……。ぼくは、たまにコウリあずきを食べる夢をみて、ガバっとおきたりしてます。暑い日に昼寝をしていると、こういう食いものの夢ばかりです。

こっちだって、しょっちゅう寿司を食べているわけじゃなし、こったモノを食べているわけじゃないのだが。酢タマゴは、まだやったことがない。しかし、昨年のケンさんの手紙にも「氷あずき」のことが書いてあったが、よほど忘れられない一つなのだろうか。なんにせよ、60歳で、このロディオ暮らしはけっこうキビシイようだが、ケンさんはけっこう満足しているのである。


手紙3 落馬、骨折の巻2

(2002年8月29日付、9月8日掲載)

ケンさんから、落馬、骨折を知らせる手紙が来たので、お見舞いの手紙を出したら折り返し返事があった


私の骨折は思いのほか回復が早く、毎日馬に乗って牛を追っています。大体3年おきに落馬で骨折してますので、もう慣れてきているし、いちいち骨折ぐらいでカウボーイの生活パターンは変えられないのです。

日本は暑いようですが、夏なんだから、当たり前ですね、コオリあずきとかトコロテンが暑いときには、いいでしょう。そういうのが無いので、アメリカでは楽しみがありません。

最近、納豆とキムチの汁を混ぜて、あついゴハンにかけて食べるのが、まあ、楽しみといえば楽しみです。

300キロ離れたデンバーに韓国人が勢力をのばしてきたおかげで、韓国の庶民料理が食べられるようになりました。韓国人地区のフードマーケットに行っても、韓国語で表示されてるし、従業員も韓国語なので、どうにもならず、買うものもキムチ以外は、いったい何を買っていいのかサッパリわかりませんが、手あたりしだいに買ってます。

大体コンブ類が多いですね。韓国の食いものは。黒っぽいのは全部コンブで開けて食べてみて、あっこれもコンブだ。バカヤロー、こっちのもコンブだ。だけど味つけが全部ちがう。という感じです。

ケンさんの前回の手紙にも氷あずきのことが書いてあった。よほど懐かしいらしい。30数年前に渡米したひとは、その後も日本人は順調にかき氷を食べ続けていると思っているかもしれないが、じつは違う。あのころと比べると食べなくなった。今年の夏、おれはついに、かき氷を一回も食べなかった。すまん。


手紙2 落馬、骨折の巻

(2002年7月21日付、9月8日掲載

私は夏の賞金稼ぎに、ロディオ大会に毎週出てましたが、落馬して、鎖骨と肋骨を折ったため賞金が稼げず、食生活を切りつめて、貧乏生活を強いられています。

日本から弁当箱を取り寄せて白米と梅干でロディオの遠征試合を渡り歩いてました。

ハシでめしを食べるカウボーイなんて私だけなので、見物人がヒトのめしを見に来ます。

それにしても、クシャミひとつしても、痛くて困っています。


手紙1 渡米そしてインチキらーめんの巻

(2002年5月5日)

カウボーイになるべくして、30年以上も前にコロラドヘ渡ってきた、ケン・イトオこと私は、コロラドスプリングスという町に降り立ったのだ。

カウボーイの三種の神器は、バクチ、酒、女だから、先ず、ギャンブルの地下組織に加入して、すぐに女もつくった。それだけじゃ食っていけないので、子供のときからスキーと乗馬をしていた私は、冬季はスキー競技で賞金稼ぎ、夏季はロディオの賞金を稼ぐ。その合間はカジノへ通ってブラックジャックで稼ぐという生活が始まった。ところが、どれも全然うまくいかず、いきなり貧乏生活が始まった。そこで食うために夜は、インチキ日本食レストランで包丁を握ることになったのだ。

クニさんというパンスケ(注2)あがりのオバハンがやっているこのレストランにインチキラーメンというのがあって、オーダーが入ると、インスタントラーメンを袋から出して、わかしたお湯に落として、あらかじめ切ってある野菜と一切れの肉入れて出来上がりだ。

2,3分でできるから、早い早いといって、客からは喜ばれた。マダムのクニさんには、「ケンちゃん、インスタントラーメン袋から出すときは、客から見られないようにやるんだヨ」と、いつも言われたのを憶えている。

このころから、インスタントラーメンと私の付き合いはいまだに続いているのだ。30年前のそのころ、インチキレストランが仕入れていたインスタントラーメンが一個15セントぐらいだったが、なんと30年後のいま、ちまたで売られてる<マルチャンラーメン>が15セントだ。これはスゴイもんだ。どこでつくっているか知らないが、これはメチャ安い。

アメリカ人にも、すっかり、これが浸透しちゃって、いまでは、どこの町へ行っても、日本のインスタントラーメンがスーパーに置いてあるのだ。ウチの牧場にいる居候のカウボーイが、「えっ、ラーメンって日本の食いものだったのか」なんていいやがった。笑っちゃうよな。

注2=戦後一時期、占領軍とくにアメリカ軍人の愛人役あるいは娼婦役を勤めるひとを世間では「パンパン」とか「パンスケ」と呼んでいました。当時の風俗でしたので、その言葉のまま掲載します。


ケン・イトオさんからの最初の手紙の要約

(2001年3月某日)

私は遠藤さんと同じ1943年生まれですが、人生のほとんどはアメリカのWILD WESTで過ごし、本業はカウボーイという珍しい仕事をしています。たまに、くだらない本を日本へオーダーしては気晴らしをしたり、日本語を忘れない様にしたりしてます。

(注1)の表紙からしてスゴイくだらなさとか、クサい感じがする変な本だなあと実感しました。

私は馬の世話で明け暮れ、ロディオの試合に出る準備で毎日忙しく、本を読む時間というのは、めしを食いながらの時だけですから、かなり時間をかけて読むことになります。ヤッパリ思った通り、くだらないことが、ずいぶん書いてあるなあと思いながらめしのオカズみたいにして毎日コツコツ読み、(やはりアメリカに永住している)弟に電話して、オイ、くだらない本を読んでるぞ、超くだらなくて、読み終えたら送ってやるよと云ってやりました。と、この本を読みながら気がつくと、ナンと、みそ汁をめしにかけて食べる自分に、あれっ、いつの間にか、このくだらない本にすっかり影響受けちゃっているじゃないかと思いましたヨ。

注1=『ぶっかけめしの悦楽』のこと。

このケン・イトウさんからのくだらない手紙から、おれとかれとのくだらないつきあいが始まった。

浮世のめし新聞