ああ、1996年10月31日の大衆食の会通信

おひさしぶりです。便りもとだえて半年すぎ。大衆食の会はつぶれたとおもっているひともいるでしょう。このあるかないかわからない感じでやるところが、またいいのです

●今年は春先に義父が胃癌の手術をやった
あたりから調子がくるい、なんとなくバタバタしているうちに秋のたそがれ。「ガンモドキ論争」なるものがありまするが、たしかに簡単に臓器を切取りすぎる気がしないでもない。初期ガン発見から二週間ぐらいで手術をし、40日ばかりの入院後は、どっさりと抗ガン剤などをいただいて自宅療養。山盛りいっぱいのめしをくうように薬をのむ。義母も先年乳癌の手術で片パイになり、いまでは老夫婦はむかいあって山盛りの薬をのんでいる。薬代だけで毎月一万円以上かかる。ま、それでも元気でやっているからイッカ。てな感じで、やりすごしている。あまり手も金もかからないほうだったが、少子化×高齢化時代は、病人がひとりでもでるとなかなかたいへん

●というわけで、このところよく電話をくれる友人がいる。
ようするに彼の母親は新潟でひとり暮らしをしていたのだが身体がおもうようにならなくなった。そのあたりのドタバタからはじまって、東京にいる子供たちで責任をたらいまわしにしようとしたあげく、千葉の老人ホームに入れたまでを逐一電話で報告してきた。そのホームが賃貸式のところで月30万円! かかる。蓄えと田舎の家の売却で10年間ぐらいはもちそうだが、その間に母親が死んでくれなかったらコッチが死にそうだ。これからあちこちでこういう問題がふえるだろう。それならおたがいがおたがいの親を始末するネットワークビジネスでもやるか。イヤそんなことをするとおれたちが最初に始末されることになりそうだ。などと不謹慎をいいながら、タノシイ高齢化社会を素肌に感じる日々でありました

●そんなことに狂じているうちに「転落にむかう中高年」なんていうテーマに惚れこみ、『大衆食堂の研究』発刊一周年記念を忘れてしまった。ので、このたびもこんな話からはじまっている

●さてそれで、去る4 月15日の「川崎屋」の案内のハガキをご覧になっておでかけになったみなさんから、行ってみたら工事中であったという連絡をいただきました。ごめんなさい。なんと、『大衆食堂の研究』で書きこんだジャンク・ヘビー級の川崎屋は、リニューアルってやつをやったのです。

そして、あのつくりつけのすりへった畳表の長椅子はなくなった。そして、こんどは木製の、つくりつけのピカピカの長椅子なんです。つくりつけの長椅子にこだわっているんですね。そして、なんと、テーブルと椅子は以前からのボロのやつを磨き上げてそのままつかっているのです。

そして、オヤジはもちろん前のまま、あいかわらずニヒルにマゾっぽくヨタヨタやっています。そして、メニューは、あの冷やしミカンはなくなってしまいましたが、オムライスもトウフイタメも前と同じ値段で健在です。

そして、テレビの競馬中継をみながら、「ヨシッ4-7 だ。イケッ、ヨシッ、イケッ、イケーッ」なんてテーブルをたたいている客が、あいかわらずいます。

そして店の箱だけが、やけに白く輝いています。箱はニュー、中身はジャンク。つまり川崎屋は健在です。が、亀戸駅から川崎屋へ行く途中の昔の「遊び場」のおもかげがあった路地なんですが、そのいちばんゴチャゴチャとした飲食店がひしめいていた脇道の一本が消えてしまい、あたりはパチンコ屋に化けてしまった。無粋。ここに川崎屋の地図をもういちどのせます。イマ風の白っぽい建物になって、なぜか、「ラーメン」の暖簾がさがっています。ともかく、祝・新装開店です

●下北沢のcafe Ensemble などという洒落た名前の喫茶店においてあった『大衆食堂の研究』をみたという女子大生から便りをいただいた。彼女が申すには「銀座にあるレストラン大山はレストランといっても大衆食堂ぽくて好きです」とのこと。残念ながら、cafe Ensemble もレストラン大山も場所がわからない

●それにしても、いろいろ便りはくるのだが、本を買ってよんだというひとは少ない。図書館でみたとか。大衆食堂が好きなひとは、やっぱりビンボウなんですね。たしかに大衆食堂あたりでめしをくっている人間をみると、本に千五百円だしそうなのはいない。大衆食堂のオヤジたちも、本より馬券を大事にしそうなのばかり。でもいいんです、大衆食堂を愛していただければ。みんなが大衆食堂へ行って、ガバっとめしくって、元気よく悪酒でもやってくれれば。グスン。いいんです本ナンカ

●発刊以来、この一年間に
書評その他でとりあげてくださったのは、丸善PR誌『学燈』、出版ニュース、日刊ゲンダイ、文化放送『吉田照美のやる気まんまん』、週刊ポスト、週刊プレイボーイ、月刊KITAN 、キッコーマンPR誌『ホームクッキング』、ダ・ヴィンチ、朝日新聞大阪版夕刊、雪印PR誌『SNOW』などです。感謝

●去る 8月30日付の日刊ゲンダイでは、大衆食堂の特集をやった。秋葉原あたりの大衆食堂でめしをくうという、昨年おれの顔写真をまちがえてのせたデスクから電話があって、なるべく駅に近いサラリーマン向きの店を紹介してくれという。硬軟新旧大小いくつかあげたなかから紙面と取材の都合で10店が掲載になった。

新宿駅西口思い出横丁「新星食堂」、池袋駅東口サンシャイン中央通り「大戸屋」、御徒町駅南口そばガード下「御徒町食堂」、赤羽駅西口駅前通り「三忠食堂」、赤羽駅東口長崎屋前「じんじん」、信濃町駅前通り四谷三丁目方向または地下鉄四谷三丁目駅からもどる文学座入口そば「あいざわ」、市ヶ谷駅外堀通り左内坂角「市ヶ谷食堂」、御存知西日暮里京成線ガード下「竹屋食堂」、御存知笹塚観音寺通り「常盤食堂」、御存知駒込本郷通り上富士交差点先「たぬき食堂」。詳しく知りたいかたは連絡ください。しかしあのわかりにくいところにある竹屋食堂にまで、この記事をみた客が 7名モきたというオドロキ

●その前、テレビ大阪の「NEWSほっとらいん」の担当の方から電話があって、大阪の大衆食堂はちかごろは女性客がふえて元気らしいので番組のなかでちょっとだけ取り上げてみたいという話があった。なんでも若い女がよりつくようになると話題になるらしい。東京の食堂も、あきらかに女性客がふえている

●大阪では、大衆食堂のチェーン化が活発だ。東京も生き残りをかけたチェーン化の動きがある。物価指数は横這いなんていう発表があるが、腹のたしにならない電気製品なども一緒にしてのことで、生鮮食料品は上昇している。税負担も重くなるだけ。かといってメニューに転嫁することはできない。食堂経営は圧迫される一方だ。いまにはじまったことではないが、零細の大衆食堂はいつも経営難

●最近、千駄木の「うさぎや食堂」はいつ行っても閉まっている。心配

●デ、今年の大衆食の会のあつまりは、1.5 回くらいでおわりそう。ひとが増えて、それはうれしいことだが、いろいろめんどうになった。おれは成り行き自堕落が好きでめんどうくさいことはきらいだ。でもみなさん、ときには会いましょう。日時場所の手配などはもうめんどうなので11月30日の土曜日の午後2時頃から、おれにとっては便利な西日暮里の竹屋食堂で勝手に呑んだくれて待っているゼ。なのである。

■旅の大衆食堂1■新潟県羽越本線桑川駅前「ちどり」。海岸線に沿ってわずかに平地がある。そこを一本の鉄道と一本の道路が占拠しているから、食堂は日本海にのっかるように建っている。商店などない寒村なので、そのへんの海のものと山のものしかない。「ちどり刺身定食」が千五百円の最高値。このド田舎でコシャクナ値段とおもいながら注文してみた。食堂のバアサンがそのへんの海でとれた魚をドバドバと刺身に、やっぱりそのへんの海でとれた魚を焼いて、味噌汁の具はやっぱりそのへんの海でとれた、いい香りの海草というぐあい。で、これを、日本海に夕日が沈むのを見ながら食べる。なんというゼイタク。思い出すだけで、すぐにでもとんで行きたくなる味と絶景。ボロだが宿泊も可。

■旅の大衆食堂2■T木さんからの便り。坂口安吾の足跡を訪ねて新潟県松之山へ行った。二日つづけて町の唯一の食堂である「並木屋」で食べた。「米がうまい!」。帰途飯山線で川口に出て上越線に乗り換える。待ち時間が長いので、たいがいのひとが駅前の食堂にはいる。「みんな黙々と食べても、また駅のホームで『あらあなたは』なんていうことになってしまう」と。昔ながらの乗換え駅ではまだこういうことがある。ああ旅情。

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